私は一枚の指令書を手に、彼の元へ向かっている。
彼の部屋のドアを開けると、一瞥すらしない男の背中が私を迎えた。
「これ見てくれるかしら?」
彼の背の向こうから紫煙が立ち昇る。相変わらず何かを口に咥えていないと気がすまないらしい。
動かぬ彼の背中ごしに声が発せられる。
「くだらん指令か?」
「……くだらない、わね」
「一言でまとめてくれ」
「あなたの誕生日が知りたい。それだけよ」
「……」
「依頼者は……」
「あいつ、か」
「あいつって……仮にも作者を」
また新たな紫煙が天井へ向かう。
私は彼の正面の空いてる椅子へ座った。彼と向かい合う。
嫌そうな顔を浮かべて、彼の指が灰皿へ煙草を押し付けた。残る煙が浮かんでかき消えていく。
「なぜ、座る必要がある?」
私は少女のように肘をつき、組んだ手に顎を乗せる。そして、微笑みを一つ。
嫌そうではなく、今度は怪訝な彼の顔。
「私もあなたの誕生日を知りたいからよ」
彼が困惑した表情に変わった。
私がここに座るのを快く思っていないが、とりあえずは滞在を認めてくれたらしい。
新たな煙草を出しもせず、彼はじっとテーブルを見つめている。
「知らないものは答えられない」
「奇遇ね。私も知らないのよ、自分の誕生日。関係ない生を活送っているせいかしら」
「生活に全く支障はない」
「そう、ね。だけど知りたいとは思わない?」
「作者の仕事が増えるだけだ」
「誕生日があれば……ケーキ作ってあげるのに」
年に何度見せるかわからない極上の笑顔を振り撒いてみた。
彼のほうも年に数度あるかわからないほど、大きく見開かれた目。驚愕しているというところだろう。
見慣れないものを見せるものではない。
立ち上がって、冗談よ、と軽く流した。
去りかけた私の背中から、軽く笑う声と、
「……悪くない」
と呟く彼の声が聞こえてきた。
「何が悪くない、なの?」
とっさに振り向いて思わず聞いてしまっていた。
笑った顔を見たかった、という思いもあるが、言葉の意味を知りたい。多くを語らない男から発せられた言葉を意味を──。
「食べてみたいかもしれない、な……」
その言葉を最後に彼は、取り出した煙草を口にはさんでいた。
私たちとケーキ。
彼が私の作ったケーキを食べる。
なんて似合わない光景。
でも──悪くない。
私も心の中で同じ言葉を呟いた。
◇終◇
【あとがき】
本当は誕生日の小説なんてものを書こうとしたのですが、よくよく考えれば誕生日の設定すら考えていませんでした(笑)
なので、こんな感じで。
思いたって短時間で書いたのですが楽しかったですね。
ほ、本編の続きですか?……あ、あぁ〜っと、気長に待ってください(汗)
このシリーズだけは本当に気が向いた時にしか書かないものですから。
この二人の醸し出す雰囲気は好きなんですが、大人なのでついていけません(笑)