番外編2:授業中の睡魔
 放課後の教室。
 坂内と塩崎くんがなんとなく学校に残る、と言うので私も一緒に残ることにした。
 特に話題もなく、ただ三人で適当な席に座っている。
 見回りの先生への言い訳のため、机の上には教科書とノートが広げられている。発案者は塩崎くんだ。
「あ、坂内、社会の時寝てたでしょ。しかも、先生が大きな声を出したとたんにびくって起きあがってさ。あれで、ちょっとだけ笑わせてもらった」
 思い出して笑いながら、私は坂内の肩をたたく。
 私の正面に座っていた塩崎くんがすかさず挙手。
「俺も見た。しかも、坂内のことじゃないのに……」
 私に続けて、塩崎くんも思い出し笑い。
 私たちに笑われた坂内はすねるのかと思いきや、平然と返してきた。
「あの先生、声がでかすぎ。心臓に悪かったぞ、あれは。でも、河原さんも寝てたじゃねぇか。シャーペン片手に頬杖ついてるから起きてるのかと思ったら、目はしっかりと閉じてやんの」
 その時の私を真似して、坂内が笑う。申し訳なさそうに、塩崎くんもつられて笑う。
「でも、河原さんは坂内みたいに寝る気満々じゃなくて、どうしようもなく寝てしまったんだから、そこはしょうがないよ」
 同じ笑っていても、塩崎くんのフォローは素早い。私の怒る気力をみごとに吸い取っていく。
「そうそう」
 塩崎くんの言葉にうなずく。
 私たちを見ていた坂内は、とたんに眉間にしわを寄せ始めた。何かを考えている。私たちをやりこめるための策でも考えているのだろうか。
「もしかして、河原さんは……」
 坂内が口を開く。私の名前が出てきた、ということは攻撃の矛先は私に向いたのかもしれない。
「なに?」
 内心で少しびくびくしながら坂内の言葉をうながす。
「邪魔だから机に寝られないんじゃねぇの?」
「はい?」
 わけがわからなさすぎて、出てきたのは情けない声。
「なにが?」
 塩崎くんも、坂内の言葉のあまりの意味不明さ具合に私と同じく聞き返す。
「胸が。当たってると思うんだよな、これ」
 坂内は、私たちを驚かすことができて嬉しい、というよりは、自分が導き出した答えに満足したから笑顔になっているらしい。
「胸? 邪魔? 胸が邪魔? どうして?」
「机に寝る時って伏せるだろ? 俺らにはないもんが出てる河原さんは邪魔になるんじゃねぇかな、と思ってさ」
「ないもんが出てる? お腹とかのこと言ってる?」
 坂内のはっきりしない物言いに、答えを予測した私は本人にぶつけてみた。
「そ、そうじゃないよな、坂内?」
 坂内の横で塩崎くんが焦っている。
 言った本人である坂内は、平然とした顔でお椀型にした両手を胸にあてる。
「お腹じゃなくて、胸。伏せたら机にあたるんだろ?」
「……俺、降参」
 塩崎くんが呆れたような顔で両手を挙げる。
「私も降参、していい? セクハラ発言聞く気はないんだけど……」
「……悪い」
 胸にあてた両手を申し訳なさそうに下ろす坂内。
 坂内が鈍感で、えっちな感情で言ってるわけではない、というのはいつものことだから、私は別に怒っているわけではない。
 ただ、好きな人からそういうことを聞くのが複雑な心境を生み出すのも事実。だから、言葉の通りに降参したかっただけ。
「でも、河原さんはあんまり伏せて寝ないほうがいいな。頬杖ついて……こうして寝てるほうが安全だ」
 頬杖ついて坂内がうなずく。
「どうして?」
「俺はともかく、斜め後ろの席とかからエロい目を感じねぇか?」
 塩崎くんが真剣な坂内の言葉に、思わず吹き出した。
「ごめん。さっきまであんなことしてた坂内がそういうこと言うのがちょっとおかしくて……」
「俺はエロくない」
 確かに、さっきまで手で胸の形を作ってた人が、きっぱりと言い切る姿はおかしいものがある。
 でも、信用できる。それが坂内。
「河原さんをエロい目で見るヤツってのを見てると、なんかこう腹が立つんだよな」
 とっさに私の頭で妄想変換がほどこされる。俺の河原さんをエロい目で見るな、と言っているように聞こえてしまう。
「ふふ……」
 思わず声に出して笑ってしまった。
「もしかして、河原さん……」
 即座に坂内の疑わしい目がこちらを見る。
「男のエロの対象になるのが嬉しかったり?」
「違うってば」
「それは誤解だよ」
 ハモるように、私と塩崎くんの突っ込みが飛ぶ。
「じゃあ、なんで笑ってんだ?」
 脳内変換されたセリフが嬉しかった、と言えるわけもなく、坂内の問いかけに詰まってしまった。
「じゃあ、どうして、坂内は河原さんをエロい目で見る男子がいたら腹が立つんだ?」
 驚いた。塩崎くんが、まるで私の気持ちを聞いたように、的確な質問を坂内に投げかけたから。
「そうそう」
 塩崎くんの質問に賛同の意を示すと同時に、後押しのつもりでうなずく。
 タッグを組んだ私たちに押されるように、坂内は渋々答えを考えているようだ。
「河原さんって女子かもしんねぇけど、友達にあたるだろ。で、エロの対象になるってことは、あいつらの頭の中ですごいことになってたりするわけだろ? ……ほら、腹立たねぇか?」
「友達として?」
 これまた的確な塩崎くんの確認。
「おぅ、友達として」
 それに、おもいきりうなずく坂内。
 全ての質問を終えた塩崎くんは、私を見て乾いた笑いをもらす。
「友達だけど、まだ、ましな傾向なんじゃないかな、河原さん」
「坂内、だもんね」
 友達として、ちゃんと腹を立ててくれてるんだから、少しは私も坂内の中で近い存在となってることは確かだ。
 それ以上はまだこれから。
「お前ら、何、わかりあってんだ?」
 疑問符いっぱいな表情を浮かべる坂内に、私と塩崎くんは、
「坂内だし」
「だね」
 と笑いながら、かばんを取りに自席に向かっていった。


 ◇終◇
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