「今日も暑いね〜」
「あ、俺、アイス買ってくる」
私たちは付き合っていない。
だけど、毎日一緒に帰っている。
でも、付き合っていない。
幼馴染という複雑で越えにくい関係にある。
私を簡単に置いて走っていった彼は、昔からある駄菓子屋さんでアイスを買い、嬉しそうに戻ってきた。
「やっぱ、これだ。この二本に割れるお得感がいいよな」
棒が二つついていて、割れば二本に早変わりするソーダ味のアイス。小さい頃から彼のお気に入り。
「一つちょうだいよ」
彼がこのアイスを買うたびに言ってみるけど、もらったことは一度もない。
美味しそうにアイスを食べながら歩く彼と、暑そうに汗を流して歩く私。
ふぅ、なんてわざとらしく暑さにやられたと言わんばかりにため息ついてみた。
「へへっ、これが羨ましいのか?」
中学三年にもなって、小学生かと聞きたいくらいの自慢げな彼の笑顔。
「別に。どうせくれないんでしょ」
「当たり前だ」
そう言ってわざと大口開けて二本目にかぶりつく彼。実はこの顔は可愛いから嫌いじゃない。
たぶん、私だけが見られるだろう笑顔だから嫌いじゃない。拗ねたいところだけど、自然と笑顔も浮かんでくる。
大きく一口アイスを頬張った彼が、私を見て嫌な顔をする。
「なに、笑ってんだよ」
「美味しそうに食べるなぁって思って」
半分削られたアイスを、無言で差し出してくる彼。
「食べるか?」
いつもの仕打ちを知っているから、私は素直には応じない。
「とか言ってさ、食べようとしたら『バーカ』って引っ込めるんでしょ?」
「言わないからさ……早く食えよ」
彼の口調がなんだか怒ってるようにも聞こえたので、私はおそるおそるアイスの棒を受け取った。
「わっ、わっ……」
私が受け取ったとたん、溶け始めていたアイスが棒からすり抜けようとした。
「あぶねっ」
ポトン、と彼の広げた両手が落ちるアイスを受け取った。
「せっかくくれたのに、ごめん」
私がグズグズしたから、アイスは落ちた。珍しい彼の好意も一緒に落ちた。
手に残るアイスの残骸を見つめていた彼が、それをグイッと差し出してきた。
「な、なに?」
「悪いと思ってるならこれ食べろ」
「ごめんって……。だから、意地悪しないでよ」
「……」
真剣な睨むような目が私を見ている。差し出された両手とアイスは引っ込む様子もない。
しばらく見つめ合う。でも、彼の表情も手も変わらない。
「早く……」
「うん」
暑いせいで彼も私もおかしいんだ、と言い訳しながら、私は彼の手に乗るアイスへ口を近づけて、ひと欠片口に入れた。
喉を通る冷たいアイスと、ドキドキでいっぱいの熱い気持ち。
口の周りがベタつくので、ハンカチで口の周りを拭いて、彼の手も拭いてあげようとした時、アイスを払うようにして彼の手がようやく引っ込んだ。
アイスがだめになったにも関わらず、嬉しそうな笑顔で手を見つめている。
「? ……手洗ってきたら?」
溶けたアイスが、彼の手を濡らしている。ベタついて気持ち悪いはずなのに、やはりじっと手を見ている彼。
ゆっくりと首を横に振り、そのまま歩き出そうとした。
「あ、ねっ、洗ったほうがいいって。そのままだとベタベタして服にもついちゃう」
「洗えるわけないじゃん」
振り向いてそう言って、彼の頬が急激に染まる。
「な、んで?」
両手の平を私に向けて、彼が言う。
「お前の口がついたとこ、洗えるわけ……ないじゃんか」
言っているうちに恥ずかしくなってきたのか、最後のほうは呟くような声になっていた。もちろん、声の大きさに反比例して顔も赤くなっている。
私は濡れている彼の手に、自分の手を重ねた。
ピクリ、と動いた彼の手が離れないように、指もからめる。
予想通り、離そうと手を動かす彼。
「お前まで濡れることないのにっ」
「私も同じようにベタベタになりたかった……だけ」
直接告白しているわけではないのに、どんどんと顔が熱くなってきて、思わずうつむいてしまう。
彼の指が、私の手の甲にくっついた。きゅっと手が握り締められる。
だから、私も力をこめた。
好き、と伝わるように──。
◇終◇
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