放課後、私は今、学校の屋上に一人で立っている。
いや、呼び出した彼を待っている。
やがて、短髪をかきながら、彼が屋上のドアを開けてやってきた。
私を見た彼は、一瞬だけ空を見て、何かを思い出したようにうなずく。
「……確か隣のクラス、だった、っけ?」
顔にかかる髪をよけながら、私は小さくうなずいた。
一度も話したこともない彼に私はこれから告白する。
付き合ってほしいわけでなく、私を知ってほしいから。
今回の告白は、ずっとあなたを追いかけて、見ている女の子の名前を覚えてね、という私からの宣戦布告。
初めて交わす会話が告白になるとは、彼はもちろんのこと、私も予測していなかった。
いつかは話せる、と思ってきたけれど、いい加減らちの明かない状況に告白を決意。こっそり手紙を下駄箱に忍ばせて、屋上へ来てくれるかどうかの賭けに出た。
「樋口くん、話したこともないけど、好きなんで……友達から始めてもらえませんか?」
「えっ……ええっ?」
驚きの後、困ったような複雑な表情を見せる彼。
断られる、と思わずにはいられない彼の表情に、私は大きく息を吐いた。覚悟は決めていますよ、と。
「悪いんだけど……俺……」
歯切れが悪い。
断りのセリフなんて言いにくいに決まっている。ましてや、初めて話した女子相手なのだ。
いい印象で終えておきたいから、私は彼の言葉を遮るように笑顔で言う。
「あ、全部言わなくていい。言いにくいこと言わせてごめん。話したこともない女に言われても困るよね。うん、困る、困る」
最後は自分に言い聞かせるようにうなずき、「じゃ、ね」と私はその場からお先に去ろうとする。
その時、背中を向けた私の腕を彼がつかんだ。
振り向けば、じっと無言でつかんでいる。
「悪いんだけど……俺さ」
引き止めて、また同じセリフを聞かされるのかと思ったから、私は手を振り払い、再び歩き出した。
「お、俺、樋口じゃないんだ!」
早口で叫んだ彼の言葉に、引き止められなくとも私の足は止まる。
振り返った私から出てきた一言。
「……嘘?」
「あんたがどこで勘違いしたか知らないけど、樋口は俺の友達で、俺は樋口じゃないんだ。名札……見てなかった?」
彼が指した名札には『藍田』と書かれている。
驚きと混乱と恥ずかしさで、私は呆然となる。
「名札、かぁ。見てなかった……」
彼は本当に申し訳なさそうに頭を何度もかき、ちらちらと私の反応を確かめるように目を合わせる。
「あ、樋口、呼んでこようか?」
「いい。呼ばなくて、いい。……ああ、恥ずかしい」
全身から力が抜けて、彼の前でどうすればいいのかわからずに、逃げ場を求めてへたりこんでしまう。
見上げれば、心配そうに見下ろす彼と目が合ったから、私は両手で顔を覆った。
「えっと……そっちも参ってると思うんで、俺は忘れたほうがいい? もちろん、絶対誰にも言わないし、笑ったりもしない。忘れてほしいならちゃんと忘れる」
頭上から聞こえる力強い彼の声を、自分の頭の中にゆっくりと浸透させて、私は顔の覆いを外す。
彼の言葉に応えるためにも、私もしっかりと返事をしたい。
コンクリートについてしまったスカートの裾の汚れを払い、立ち上がった私は彼と目を合わせた。
本当はそらしたいほど恥ずかしいけど、それでもちゃんと目を合わせた。
「名前は間違えたけど……人は間違ってない、んだ。改めまして藍田くん、私と友達になってください」
差し出した私の手に、彼がゆっくりと手を重ねる。
彼の手の冷たさと、ものすごい勢いでかけのぼる恥ずかしさに、私はすぐに手を引っ込めてしまった。
残された彼の手はやり場をなくし、彼はまた髪をくしゃくしゃとかき始める。
「俺も、告白。さっき、忘れるって言ったけど、本当は皆に言いふらしたいくらい嬉しかったんだ。忘れるなんてできるはずがない。二人だけの秘密ってやつにちょっと浮かれた……」
言い終わったとたん、彼の顔が一気に赤くなる。慌ててそらされる顔。まだまだひきそうにない熱が彼の耳を赤くしていた。
私も熱くなっている。
恥ずかしいのはお互い様だ、と伝えたくて、少し大きな彼の手に、自分の手をもぐりこませた。
びくりと震えた彼の手は、私の熱を拒むことはなく、じっと私たちは手をつないでいた――。
◇終◇
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