プレゼント
 慣れないゲームショップで必死に店員さんに説明する。
「一週間前に発売したアクションもので、男の人がスタイリッシュに銃で戦うもの……っていうゲームありますか?」
「スタイリッシュなアクションだったらおそらくアレしかないと……少しお待ちください」
 店員さんが並んでいるソフトの中から一つを持ってきてくれた。
「これ、だと思います」
 必死にパッケージを眺め、そういえば、彼が予約チラシを持っていたことを思い出す。パッケージで銃片手にポーズをとる男性は、まさにそのチラシに載っていたのと同じ。
「これです。赤い服着てるし」
「では、お会計させてもらってよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
 お年玉までに、と貯めておいたお金を払い、プレイすることのないゲームを買う。
 これは彼へのクリスマスプレゼント。欲しいけどお年玉まで我慢する、と言っていたもの。
 ゲームに関する情報は、彼が友達と話していたわずかな単語だけ。我ながらよく聞き取ったものだと思う。
 家への道を歩きながら、素っ気無いゲームショップのロゴの入った紙袋を、プレイを楽しみにしている人のように眺める。
 私が楽しみにしているのは彼の反応。
 家でラッピングして、明日、彼へと渡す。
 喜ぶであろう彼の姿を想像して、思わず笑みがもれる。
 紙袋をきゅっと抱きしめた。


 クリスマスといっても学校は冬休み。
 でも、彼が午前中は部活で学校に行っているであろうことはすでにチェックしてある。
 部活の終わりを狙おうと思っていたので、私は朝の十時に目覚ましをセットしていたのに、電話の呼び出し音のせいで、八時に目が覚めた。
 お母さんもっと早く出てよ、と思いながら再び寝ようとした時、下から、電話だから起きなさい、と叫び声。
 無理やり起こされたようなものだから、頭は半分どころか八割は寝ている。
 かろうじて電話だと認識し、受話器を受け取った。ボタンを押して保留を解除する。
「えっと……もしもし?」
『同じクラスの……俺。ってこれじゃあ、オレオレ詐欺と同じか』
 寝ぼけた耳から入ってくるのは、明るい彼の声。そう、彼の声。
「……は、はい? え、あ、嘘、なんで? あ、誰かわかってるから。え、あ、うん、わかってるから」
 受話器からかすかな笑い声が聞こえた。
『寝てた、よな。部活あるから俺は早く起きるわけで、何もないなら遅くまで寝てるのは当たり前で……っと、おはようございます』
「お、おはよう、ござい、ます」
 彼が目の前にいるわけではないのに、反射的に頭をぺこりと下げていた。
 通りすがりのお母さんがけげんな顔を見せる。
『朝っぱらからごめん。部活行く前に言わないと、だったから。今日、時間空いてるか? いや、クリスマスだし予定の一つや二つ入ってるとは思ったけど……』
 今日一日の時間を聞かれたので、ついつい、デートの誘い、なんて妄想が頭をよぎる。ありえるわけがない。
「クリスマスだけど予定はない、よ」
『あ、いや、クリスマスに予定なくても全然いいと俺は思う。そういうつもりで聞いたんじゃなくて、ちょっとだけ出てきてほしいんだ』
「ちょっと?」
『数分ほどで済むから』
「うん、大丈夫」
『家、行ってもいいか? 男が家の前にいたらご近所の噂になる、とかそういうのあるなら別の場所を考える』
 ご近所の噂、なんてまじめな声で言うから、思わず私は受話器を離して笑ってしまった。
 洗濯物を干し終わったお母さんがまたけげんな顔で通り過ぎていく。
「家の前は人通り少ないから、そこは大丈夫」
『じゃ、部活終わってからだから……十二時半くらいに行く。あ、やべぇ』
 すばやく察して、私は時計を見る。あと十分ほどで彼の部活が始まる時間。
「時間やばいね。あ、じゃ、また後で」
『悪い』
 すぐにでも受話器を置いて家を出たいはずなのに、彼は私の返事を待っているようだったので、早口で私から電話を切る言葉をかけた。
 思わぬ展開に受話器を持ったまま放心する。
 横からディスプレイを覗き込んだお母さんが、
「通話終わってるのに、何してんの?」
 私の手から受話器をとって置いた。
「お母さん、お昼ご飯どこか食べに行ってほしいんだけど……」
「電話と関係あるみたいね。言われなくても今日は友達とクリスマスランチ食べに行く予定。男連れ込んだり、は絶対に禁止」
「連れ込まない、連れ込まない。連れ込むような人もいない」
「ま、そういうことにしておくけど。……とにかくお昼は適当に作って食べて」
「わかった」
 お昼の人払いは完了した。
 彼との約束まで時間はまだまだあったけど、今さら寝られるわけがない。心の準備と、格好を整えるべく、私は自分の部屋へと向かった。


 お昼ご飯なんて食べていられない。デートにでも行くような気分で、さっきから頭の中でプレゼントを渡すシミュレーションを繰り返している。
 十二時半より少し前、来客を告げる呼び鈴が鳴った。
 玄関まで走ると、いかにも待っていたようにも思えるので、なるべく普通を装って、それでも早足で玄関へ向かう。
 ゆっくりとドアを開けると、門の前に彼が立っていた。私に気づいて軽く手を上げる。
 サンダルをひっかけようとして少し止まった。サンダルはおしゃれではない。でも、ここで履物に手間取るのは少しかっこ悪い。
 考えた末、やっぱり、サンダルをひっかける。
「悪い、ちょっと早かった。昼飯の途中?」
「大丈夫。まだ食べてなかったから」
「それなら、いいんだ……」
 プレゼントは簡単に取りにいけるように、玄関のげた箱の上へ置いてきた。
 とりあえず、門を開け、彼の用事を聞こうと待っているのに、なかなか相手は話し出さない。いや、話しにくそうにしている。
「そういえば、クリスマスのプレゼントとかもらった?」
 プレゼントを渡しやすい環境にするために、私のほうから切り出した。
 どうしようか迷っていたような彼の顔がとたんに笑顔になる。手に持っていた袋を私に見せる。
 私がプレゼントを買ったゲームショップのロゴが見えた。
 さらに、彼が中からゲームを取り出す。
 そのパッケージはあまりにも見覚えがありすぎた。
「これ、やりたかったんだ、俺。まさか、あいつからもらえるとは思ってもいなくて、今日帰ったらさっそくやろうと思ってさ。……って、ゲーム好きじゃなかったら、どうでもいい、よな」
 前半は興奮交じりで喋っていたのに、後半は照れくさそうに言って、彼はゲームをまた袋に戻した。
「そっちこそ、プレゼント何かもらった?」
 彼の用事は何なのだろう、と思いつつも、プレゼントの話題が続くことに安堵する。
 私は首を横に振った。
「あ、もらってないのか……そっか……」
 会話があっさりと終わる。
 ますます彼の用事がよくわからない。ただ、急に彼がそわそわとし始めたのが気になる。
 プレゼントはもう渡せない。彼が友達にもらったゲームは、私が買ったものと同じだったから。
 黙っていた私は不機嫌にでも見えてしまったのだろうか。
「ちょ、ちょっと待って。ご、ごめんな。いつ出したらいいものかわからなくなって……タイミング計ってたら何もできなくなって……」
 あせるようにまくしたて、彼はポケットから小さい袋を取り出した。間髪入れずに差し出してくる。
 ゆっくりと私が受け取った瞬間、彼の手が引き戻された。差し出すのさえ苦しかったようにも思える。
「開けても、いい、もの?」
「クリスマスプレゼントってやつだから、開けてくれたほうが……」
 袋からは小さなストーンのついたイヤリング。
 かわいい、と形容するだけでは物足りない。プレゼントももちろんのこと、彼が買ってくれたのかと思うと嬉しすぎた。
 ただ、緊張のあまり、顔にはどうにも出ていないらしい。
「どう、っすか?」
「あ、うん、かわいい。嬉しい。ありがとう」
 緊張、衝撃、嬉しさがあふれすぎてうまく文章にできなかった。
「はあ……よかった」
 彼の顔がふわりと緩んだ。
 かすかな罪悪感と共にイヤリングを握り締める。
「ごめん。私、お返しとか何も用意できてない……」
「受け取って、喜んでもらえただけで俺は目的達成だし、お返しとか全然考えなくていいから」
 本当に嬉しそうなので、私は正直に言うことを選んだ。慌てて玄関へと戻ってプレゼントを手に彼のもとへ。
「こ、これ、本当は渡そうと思ってたプレゼント」
 ゲームショップのロゴだけで彼はなんとなく勘付いたようだ。彼が、持っていた袋を上げる。
「もしかして……これと同じもの、とか?」
「うん。二つもいらないよね」
「やべぇな……」
「やっぱり迷惑、だよね」
 彼のゆるんでいた顔が、満面の笑みへと変わっていく。
「マジで嬉しいかも、俺。いや、もうありがたくいただきます」
 受け取られることがないと思っていたプレゼントは、あっさりと彼の手に渡った。
「受け取ってもらえるだけだと思ってたのに……まさか、もらえるとはな。しかも、用意してあったんだろ? どうしよう、俺」
 あふれんばかりの笑顔で、彼は呟くように言葉をもらしている。
「同じゲーム、二つもいらなく、ない?」
「いや、もう、嬉しすぎ」
「迷惑、じゃないの?」
「好きなやつからもらったら迷惑なわけないって……って……い、言いすぎだ……」
 彼の顔が急激に赤くなった。
 言葉と表情があきらかな事実を突きつける。推理するまでもなく、彼の気持ちを教えてくれている。
「……バレてる、よ、な?」
「そ、そういうこと、だよね?」
「断っても、プレゼントはそのまま持っててくれていいし」
「同じだから……」
「……は、あ?」
「断るわけないから……」

 私を想ってプレゼントを持ってきてくれた彼。
 彼を想ってプレゼントを買った私。


 ◇終◇
読んでくださってありがとうございました
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