最後のチャイム
 式典の行われる体育館へと足を踏み入れる。
 いつも体育で使っていたし、当たり前のようだった体育館も、今日が最後。
 私たちがこんな風にセーラー服で並ぶのも今日が最後。
 彼と、気まずく顔を合わせるのも、今日が最後。
 何もかも最後の卒業式──。


 彼は中学2年生の時に、転入生として私のクラスへやってきた。
 消極的だったのか、なかなか友達もいなかった。楽しそうなクラスの中でいつも一人。だから気になって話しかけた。
 それから、よく話すようになって、時には彼から話しかけてくれることもあって嬉しかった。
 しだいにクラスの皆とも馴染んできて、彼が意外と明るい人だと皆が知るようになった。彼の男友達も増えていった。
 私は、他の女子に羨ましがられるくらい仲がよく、皆が「いいな」って言うのを聞くたびに、なぜか少し誇らしい気持ちになった。
 3年になっても同じクラスで、近くて仲のよい彼を私が好きになるのに、そう時間はかからなかった。いいところを見つけるたびに、自然と好きになっていった。
 青春を楽しんでいるな、と一人で馬鹿なこと思ったり、義理だと偽ってあげるバレンタインチョコ作りにドキドキしたりして──とにかく楽しかった。


 卒業式まで一ヶ月、ある日の放課後。
 廊下を走っていた私は、教室で騒ぐ声に思わず足を止めた。
 二人ほどいる男子の声の中に彼が入っていなかったら、私は気にせず入り口を開けただろう。聞き間違うはずのない彼の声に、私は入り口で聞き耳をたてた。盗み聞きした。

「……前からずっと聞きたかったんだけど、あいつのこと好きだろ?」
「だ、誰のことだよ」
「斜め前の席。名前言ってもいいけど……?」
「わかった。誰かわかったから。で、なんでいきなり好きに繋がるんだよ?」
「今も仲いいけど、お前が明るくなったのってあいつのせいじゃない? ということから好きにつながらないか、と思ったんだけど……俺、はずれ?」
「……」
「もうすぐ卒業だろ。吐いてしまえ。なっ」
「……卒業と関係ないだろ」
「うっ。俺とお前の友情だろ、ってのはどうだ?」
「……尋問すんのが友達?」
「ううっ。俺が聞きたいんだ。これでいいだろ。ほら、言え」
「……当たってる」
「は?」
「お前の結び付け方は当たってるって。そういうこと」
「素直に言えよ、最初っから。そだ。俺、それとなく聞いてやろうか?」
「なんでまた突然……」
「卒業前に友人に何かしてやりたいんだって。友情に厚い友人だな、俺。いつか聞いてやっから任せとけ。んじゃ、俺帰るわ」

 足音が聞こえたので、私は慌てて隣の教室に入って入り口を閉めた。そして、へたり込む。
 次に彼が出てくる足音が遠ざかるまで、私はずっと隣の教室でへたれこんでいた。
 告白を聞いてないふりをしないといけない、と思いながらもにやける顔を抑えられない。


 翌日の放課後。素晴らしい友情の持ち主な彼の友達は、早速私のところへやって来た。
 聞かれる内容はわかっているけど、なるべく平静を装う。
「なぁ、高村さん。合田のことどう思ってるか教えてくれない?」
「どうって、別に友達。たんなる友達」
 告白は自分ですると決めた私は、そんな無愛想な返事をした。
 彼はいなかったけど、教室にもまだまだ人は残っていたから。
 でも、忘れていた。友達がこの後、結果報告を彼にするんだということを。
 少しだけ遅れて、私は教室を飛び出した。彼の友達の後を追った。
 下駄箱の脇に立っていた二人。私の姿を見た友達はそそくさと帰り、彼だけがじっと背を向けて立っていた。
「あ……の」
 彼の肩を叩いた私の手は、即座に振り払われた。
「わりぃ。俺の勝手で悪いけど、もう話しかけんな。高村さんは悪くはないんだ。けど、必要最低限以外は話しかけんなよ」
 無残に垂れた自分の手を見ていると、うなずいて肯定の返事をするしかなかった。
「うん……」


 今日は──何もかも最後の卒業式。
 卒業生が、校門を出る時に鳴る最後のチャイム。もうすぐ鳴るから、そうしたら彼に告白しよう。本当の気持ちを告げよう。
 
──キーン、コーン、カーン、コーン……

 そのチャイムを聞いて涙を流す人がいる。チャイムの余韻を楽しんでから帰る人がいる。後輩から花束を受け取っている人がいる。
 私は、彼の姿を探す。彼は友達に手を振って、アルバムなどの入った紙袋を手に帰り始めていた。
 私も友達に適当に手を振って、慌てて走り出す。追いかける。
「合田くん、あの話があるの。お願い、今日だけは絶対聞いて」
 数歩行ってから、けだるげに彼が振り向いた。さっさと言え、といった顔。
 私は紙袋の紐を両手で強く握る。ちょっとだけ深呼吸。
「いつかの言葉は誤解で……それで、よかったら第二ボタンとかもらえたらなぁって。あ、よかったら、でいいんだけど……っていうか、私が好きだから欲しいんだけど……」
 私の言葉に彼の言葉がかぶさる。
「友達に、第二ボタンなんてやる気はないし無理」
 くるりと背を向けて、そのまま彼は歩き出す。
 私は重くて指にくいこむ紙袋を下に置いて、両手を握ったり開いたり繰り返す。
「そっかぁ……。友達って言ったもんね。しょうがないっかぁ……」
 血の流れを元に戻るためにやっていた両手の動きが、いつしか涙を止めるための動作に変わる。
 心臓をわしづかみにされた気分。よくはわからないけど、私はその痛みを消すために両手をぎゅっと握った。爪が食い込む痛さでごまかした。
 一生懸命、両手を見て涙を止めていたから、彼の声が聞こえるまで気づかなかった。
「んっ……」
 少し強めでうながすような声に、顔を上げると彼の拳が後ろ手に差し出されていた。
「え?」
 言いながら私は彼の拳に近づく。
 ゆっくりと開けられた手に入っていたのは、制服のボタン。第二ボタンかどうかはわからないけど、なんとなく第二ボタンだ、って思える。
「ほら……」
「あ、はい。どうも」
 わけのわからないやり取りの末に、私の手に渡った第二ボタン。かすかに残っている彼の体温と一緒にぎゅっと握り締めた。
「もらっていい?」
 やっぱり怖くなって聞いてみた。
「友達にやる気はないけどな。それ、第二ボタンだって信じるならやる」
「信じる」
「んじゃ、やる」
 重かったはずの紙袋を軽々と持って、私は彼の隣に並んだ。
 彼は今度は背を向けなかった。
 私は一瞬だけ見た彼の赤い顔についついにやけがこぼれ、その顔を見られまいと顔を伏せて歩いた。


◇終◇

【あとがき】
2000ヒット申告者の卜偃さんに差し上げました。
これは一時期予告していたように、原案(原作?)は妹(現役中学生)です。それに私は加筆修正を加えて完成させました。
今回は妹の原作の片鱗がかすかに残るだけです。大幅に変えてしまいました。
ただ今、窓の外は桜が満開です。今年、卒業、入学を迎えられる方おめでとうございます、の意味もこめて……。
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