鎖骨好きの告白
 隣でゲームしている幼馴染の彼を見つめる私。具体的に視線にあるものを言うとすれば、カッターシャツからわずかに覗く鎖骨だったりする。
 フェチ要素などないと思っていた私の視線を、見事に奪ってくれた去年の夏。
 それまで何の興味もなかったチラリズムの良さまで覚えてしまったほど、彼の鎖骨は私のツボ。
 これほど見ていても鈍感な彼は気づかない。もちろん鎖骨好きだなんて言おうものなら、危ない女扱いされるだろう。言えるわけがない。
 じっくり見られる夏到来。逃してなるものかと、新しいゲームをネタに彼を家に招待した。下心ありの招待だけど襲うつもりは毛頭ない。今は拝めるだけでもありがたいのだから。


「お、なんだこれ? ちょっと見てみろよ、倒したらこれ出てきたんだけど何だと思う?」
 振り向いた彼の笑顔が、引き気味に変わる。
「え、何?」
 突然振り向かれたものだから、私も慌ててテレビ画面を見る。
「な、なんでじーっと俺なんか見てんだよ。ゲーム見てなかったのか?」
 見逃しそうになるほどうっすらと彼の顔に赤がのぼっていく。私もつられて赤くなる。
「見てるじゃない。ほら、今ゲーム見てる。……で、何?」
 ごまかしきれないのはわかっていたから、強引にゲームのほうへと話を持っていく。目のやり場と手のやり場に困ったりしながら。
 疑わしそうに私を見ていた彼だったけど、やがてゲーム画面へと目を戻した。
「これこれ、この鍵。どっかに鍵必要なとこあったっけ? 悪い、ちょっと交代してくんねぇ? 俺、トイレ」
 彼がコントローラーを渡して、部屋を出て行く。
 勝手知ったる幼馴染の家、トイレの場所もわかっているらしい。
 生々しいほど体温の残るそれに、ドキドキしながらも指をボタンに添える。──と、途端に大きく振動し始めたそれに慌てて現実へと引き戻された。画面では主人公が怪物に襲われている。
「うっ……きゃ、これどうしよう……」
 私のパニックを煽るように震えるコントローラー。 自分で買ったとはいえ、やったことのないゲームの操作方法がわかるはずもなく、震えるコントローラーと、減りつづける主人公の体力を焦りながらただ見ていた。
「わっ、やられてんじゃん。貸せよ」
 走ってきた彼にコントローラーを手渡したが、すでに手遅れ。主人公は体力ゼロになってゲームオーバーの文字が大きく浮かび上がってくる。
「あーあ」
 落胆とも諦めともとれない彼の声音。
「無駄にしてごめん」
 ゲーム機本体の電源を消す彼に、小さな声で謝る。ゲームをやったことのある私だから、ゲームオーバーの辛さはよくわかる。
 ゲームを片付けて、彼が私に向き直る。なんだか真剣な顔。
「あのさ。お前、これやったことあるって言ってなかったっけ? さっきもちょっとくらい何かできただろ? 拳銃撃つとか、ナイフで応戦するとか」
 私のせいでゲームオーバーになったことを怒っている。そう思ったから再度謝った。
「ゲームオーバーにしてごめん」
 困ったように首の後ろをこする彼。
「謝ってるとこ悪いけど、ゲームオーバーは全く関係ない。やったことあるのか、ないのか、それが聞きたいだけ」
 嘘つこうかという考えも頭をよぎったけど、今はあまり得策ではない。
「……やったことない」
「やっぱりな。じゃ、嘘ついたのはどうしてか聞きたい。ゲームのことで、嘘ついて得することなんかあるか?」
 嘘つける状況でもないし、ごまかせるなんて思えるわけもない。
「家に来てほしかったから」
 理由を一気に言わず、様子を見ながら言葉を選んでいく。
 まずは、と思って言ったことなのに、彼の顔がボボッと赤くなっていく。
「お、俺に?」
 どうしてかわからないけど、彼の声まで震えている。
「うん。そうしたらずっと見られるかな、と思って」
 沈黙の広がっていく部屋の中、彼の唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
「お、俺を見たかった……のか?」
 私は首を横に振って、誤解を解く。
「鎖骨……が見たかったの。私のツボなのよ」
(ついに言っちゃったぁ)
 私の顔の熱が急上昇。顔は絶対に真っ赤。
 でも、彼の目は私を見ていない。口を半開きにしたまま、動きが止まったかのようにじっとしている。
 やがて、
「はぁぁ?」
 と、彼の脱力感溢れる言葉が飛び出した。
 鎖骨のことを明かした恥ずかしさでいっぱいいっぱいな私には、彼の脱力の意味がさっぱりわからない。
「危ない女、とか思わない?」
「いや、危ない女っつうかさぁ……。俺はてっきり告白されてるもんだとばかり……なぁ?」
「告白したじゃない。鎖骨が好きって言うの、意外と勇気いるのに」
「そういうことじゃなくってなぁ……」
 肩を落とし、顔も下げて、彼は大きく息を吐いている。何度も何度も。落ち込んでいるようにも見える。
「鎖骨好きって聞いただけで、そんなに脱力すること? 私の変態っぷりに?」
 覗きこもうと近づいた私の顔。彼が急に顔を上げるので慌てて引っ込める。
「いいよ、いいよ。そんなに鎖骨好きならとくと見やがれ。いくらでも脱いでやるからよ」
 彼がシャツのボタンに手をかけて、上から順にはずしていく。
 頭では止めたほうがいいとわかっているのに、私の手は全然動いてくれない。現れる鎖骨にしっかりと目を奪われていた。
 内心では、酔っ払いのように手を叩いて喜ぶ私までいる始末。こんなに好きだったんだな、と思ったりもして。
 上半身裸になった彼を、自分でも驚くほどまじまじと見てしまう。
「……俺だけ脱いでるってのも何だかなぁ。俺が襲ってるみたいじゃん」
 視線は鎖骨からそらさずに私はうなずく。
「それもそうだ。……私も脱ごうか? 下着くらいなら見られてもたぶん大丈夫だし」
 彼が私の両肩をつかむ。
「それはやめてくれ。さっきから俺をもてあそぶような発言ばかりしやがっ……ど、どわぁっ」
 彼の言葉は耳を素通り。私の指先は憧れの鎖骨を前に我慢できなかったらしい。
「こんな感触してるんだ。意外と骨っぽい」
「お願いだからやめてくれぇ、変態女ぁ」
 離れればいいのに、彼はつかんでいた私の肩を引き寄せた。自然、抱きしめられることとなる。
 彼の鎖骨が目の前。耳元で鳴っている心臓の音につられて私の心臓まで早くなる。
「俺、やべぇ。ごめん……」
 私を突き放して、彼はシャツを着始めた。
 もう彼の心臓の音は聞こえないのに、まだうるさく鳴っている私の心臓。
「あのさ……」
 ボタンをとめている彼が「あぁ?」とそっけなく返してくる。
「鎖骨も好きなんだけど……」
「はいはい。他はどこが好きなんですかぁ? 今ならお見せできますよぉ」
「あんたのこと好きみたい」
 ボタンをとめる指先を見つめていた彼が、ゆっくりと私のほうを見た。
「……変更なし? ほんっとうに俺のこと?」
「うん、そうみたい」
 てきぱきと残りのボタンをとめて、彼が私の前に立つ。
「最終確認するぞ。お前は俺のことが好き。これでいいんだな?」
「はい」
「俺も好きなんだけど、喜んでいい?」
「あ、そうすると両思い」
 じわじわっと上がっていた熱は、『両思い』と言ったとたんに一気に顔へと上がってきた。
「よっしゃ!」
 今まで見たことのない、満面の照れ笑いを浮かべた彼の姿に、嬉しさがこみあげてきて私も一緒に喜んだ。
 彼が好きだったから鎖骨が好きだったのか、鎖骨が好きだったから彼を好きになったのか、そんなことはどうでもいいくらい嬉しくなっていた。

◇終◇
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