今日はクリスマスだけど、よく考えなくても、冬休み真っ只中にあるので、好きな彼宛に買ってしまったプレゼントは、たとえクラスメイトでも渡す機会がない。
朝ご飯を食べ終えてから、宿題もろくにせず、私はじっと机の上に置かれたプレゼントとにらめっこしている。
一応、宿題を広げたものの、何も手をつけていない。
「バカだね、私……」
自嘲気味に笑って、また、ため息。
別に彼に頼まれたわけでなく、勝手にプレゼントを用意したのが事実だけど、このまま放置されたのでは、私も物も報われない。なにより、クリスマスを逃せば、渡す機会もますますなくなる。
「渡すしかない、か」
携帯電話を開き、事前にリサーチしておいた彼の携帯の電話番号を選択し、通話ボタンに指をかける。
そのままの状態で数分経ったけど、指を少し押すだけの動作すらままならない。
「……無理」
指をボタンに添えたまま、机に伏せた。
気持ちとしては無理でも、電話をかけなければ始まらない。そんな義務感がかろうじて、指をボタンへとどめている。
携帯電話へ集中していた私は、二階へと上ってくる足音に気づかなかった。
「あんたの年賀状も一緒に出しておこうか?」
姉の声と共に開けられたドアに驚きすぎて、思わずボタンを押していた。携帯の小さな画面に『呼び出し中』の文字が出る。
「わっ……嘘! だめ!」
慌てて、通話終了ボタンを押す。いつもの待ち受け画面が出るのを見て、安堵の息がもれた。
「あ、なんか悪い時に、来た?」
携帯電話を握り締めたまま後ろを振り向くと、ノブに手をかけた姉と目が合う。
「仕事行く時にポスト寄るけど、年賀状あるなら一緒に出すよ、という話なんだけどね。ある?」
「……ない」
「じゃあ、お邪魔、しました、っと」
申し訳なさそうにドアが閉められる。
また、ドアが開けられるのではないかと思い、じっと見つめていたけど、安全を確信して、ゆっくりと携帯電話を開いた。
発信履歴を見ると、案の定、そこには彼の電話番号が表示されている。
相手の電話に番号が表示される設定にしているので、呼び出し途中で切った主も彼にばれている。でも、私の電話番号が彼の携帯に登録されているわけもないから、悪戯と処理されるだろう。
思わぬ乱入者により、再び電話しにくい状況に追い込まれてしまった。
発信履歴が表示されたままの携帯と、ベッドに置いてある時計を見て、
「午後にしよう」
意欲をそがれた私は、諦めて携帯を閉じ、シャーペン片手に真剣に宿題をこなすことにした。
プレゼントを見ると手が止まるので、視界に入らない場所へ移動させ、足元に置いたヒーターから、ささやかな暖かさをもらいつつ、黙々と問題を解いていく。
いい調子で問題集を数ページ終わらせた頃、机の上で携帯が激しく震えだした。早く出ろ、と言わんばかりに携帯は小刻みに移動する。
「はいはい」
閉じた携帯を開いた私は、即座に通話ボタンを押せなかった。
相手先として表示されているのは、彼の名前と電話番号。そう、姉のせいでダイヤルしてしまったあの電話番号だ。
慌てて、深呼吸を繰り返し、おそるおそるボタンを押す。
「もし、もし」
『誰? さっき、電話した?』
迷惑電話も多いこのご時世で、相手もわからない電話番号にかけ直す彼は、ある意味すごい人かもしれない。でも、問いかける声は偉そうだ。
「ご、ごめんなさい。同じクラスで名簿番号が二つ前の女子です」
途中で切った罪悪感があるせいか、どうにも素直に名乗れなかった。
『二つ前? 俺の前というと、こ、け、く、き……。苗字が、き、の人?』
「うん、き、の人」
『で、何?』
起きたばかりなのか、不機嫌なのか。彼の声色から、どちらかであることだけはかろうじてわかった。
「ごめん。今日、ちょっとだけ出ること、できる? 渡すだけだから、時間はかからないと思う」
『今日、寒くない?』
寒いから面倒くさい、と続くのは明らかだ。
「冬だから、まあ、寒い、かも」
『待ち合わせするの?』
「できれば」
『俺もあんたも時間きっちりに来れるとは思えないし、寒い中で待ち合わせはお互いに厳しくない?』
彼の言葉は、どう考えても悪い方向に進んでいるような気がする。こうなったら、会う約束だけでもとりつけたい。
「私、早めに行くから待たせない自信はある、よ?」
『それが嫌なんだよな。あんたさ、俺の家の場所わかる?』
ここで、わかる、と言ってしまえば、なんで知ってるんだ、な展開になってしまうのだろうか。
彼の家の場所は知っていたけど、普通のクラスメイトになりきることにした。
「ううん、知らない」
『商店街のクリーニング屋の横の道入ったら、五階建てのマンションがある。そこから、三軒目。後は表札見れば行けるだろ』
淡々と家の場所を説明して、彼の言葉は終わった。
私に家を教えたということから考えられる答えは一つ。
「私が、行くの?」
『俺がそっち行ってもいいけど?』
今日は母が家にいる。男子なんか訪ねてきた日には、質問責めが待っているだろう。家に来てもらうのはまずい。
「商店街ならわかるし、私が行く。でも、私が行ってもいいの?」
『平日だし、家に誰もいないから』
彼が一人の家へ私が行く、ということが脳内で、男の家へ女がのこのこ行く、と変換される。
「家には入れないから」
『いや、別に俺も入れる気はないし。物を渡すくらいなら玄関先で事足りるだろ?』
きっぱりと彼に否定される。どうやら、変に警戒したのは私だけらしい。
「あ、うん、そうだね」
表情の見えない電話でよかった、と痛感した。
彼が目の前にいたら、今、どんな顔をしていいのかわからない。
『電話切ったら、来る?』
彼の家まで自転車で五分だけど、準備する時間は欲しい。でも、待たせるのも悪い。
「切ったらすぐってわけにはいかないけど、なるべく早めに行く」
『まあ、気をつけて』
うん、と返す間もなく、彼が電話を切った。
「よし、準備」
携帯電話を投げて、準備にとりかかることにした。
彼の家の前に自転車を止め、インターホンを押す前に身だしなみチェックへと入る。
風をきって自転車をこいで来たので、髪の毛は乱れ放題になっている。鏡を見つつ、手櫛で整え、大きく深呼吸。
「早く押せば?」
インターホンを押すよりも早く、彼が玄関のドアを開けて、呆れた様子で出てきた。
驚きで話せない私を見て、彼が続ける。
「自転車停める音聴こえたわけ。でも、なかなか鳴らないから出てきたの。わかる?」
「あ、ごめん」
「謝る必要ないと思うけど……ま、どうぞ」
彼の頭は寝癖だらけだ。耳にかかる程度に伸ばされた髪が好き放題に跳ねている。そこに加えて、彼の無表情。
「もしかして、電話で起こした?」
「いや、その前から起きてた。着替えるの面倒だったからパジャマのままなだけ」
彼は、シャツの上から厚手のパーカーを羽織っていて、下はジャージを履いている。これが、彼のいう『パジャマ』なのだろう。
しげしげと彼の格好を見ていると、ドアを閉めた彼は、玄関マットの上へ座り、
「朝はいつもこんな顔で、機嫌悪いとかじゃないから」
私の表情から何かを読み取ったのか、そう付け加えてくれた。
「そうなんだ」
「そう。……あっ」
立ち上がった彼が手近なドアの奥へと入っていった。でも、すぐに戻ってきて、クッションを一つ玄関へ置く。
「ケツ、冷える」
「ありがとう」
短い彼の言葉は、お尻の下に敷け、ということであり、つまりは、座れ、ということだ。
とりあえず、玄関先で話す態勢は整った。
「渡す物、とか言ってなかったっけ?」
機嫌が悪くないことはわかったけど、早く渡せ、と言われているような気がしたから、私は慌ててプレゼントの入った紙袋を差し出す。
ここに来る前に、渡すタイミングや、きっかけをあれこれ思案していたけど、あっさりと無駄に終わってしまった。
「今日ね、クリスマスだから、これ、プレゼント。……ってほどおおげさなものでもないんだけど、よかったら」
「中身、何?」
「マグカップだけど……」
「じゃあ、使えるな」
受け取った彼は、紙袋から四角いプレゼントを取り出して嬉しそうに眺めている。
実は、どうして俺に、とでも聞かれたら告白するつもりでいたから、この展開は少し予想外だった。
「使ってもらえるなら、よかった」
返した私の言葉も平凡そのもの。
私の返事と共に途切れてしまった会話から、告白できる状態を作るのは至難の技だ。とりあえず、彼に会って、プレゼントを喜んでもらえただけでもよし、とすることにした。
「えっと、プレゼントも渡したし、帰るね」
立ち上がった私は、お尻に敷いていたクッションを彼の前に置き、後ろ手にドアノブへ指をかける。
「待った」
私のプレゼントをクッションの上に置いて、彼も立ち上がる。
「俺、プレゼントなんか用意してない」
両手を使って、慌てて否定の意を示す。
「そんなつもりじゃないし、いいよ。私が勝手に持ってきただけなんだから」
「そうなんだけど、なんつうか……さ」
困ったというよりは、手持ち無沙汰な様子で、彼が手を体のあちこちへさまよわせている。
私としては、彼を困らせるつもりなんてなかったので、なんとかそれを伝えるべく、とにかく言えることを並べた。
「勝手に持ってきただけだし、そんな風に思ってもらって……思わせて、ごめんなさい。プレゼント用意してなくて当たり前だと思うし、謝らなくていいよ。うん、本当に、気を使わないで」
それでも、彼の手が止まる気配はない。こうなったら、元凶は逃げるに限る。
「じゃあ、また、始業式に」
ノブをひねりながら体重をかければ、ドアは自然と開く。そのまま、外へと出た。
さっそうと立ち去りたかったけど、自転車で来たから、鍵を差し込むまでに多少の時間がかかる。
「待てって」
裸足で出てきた彼が、自転車のハンドルを握った。
鍵は挿したけど、私も観念した。
「あんた、彼氏、欲しい、とか言ってなかった?」
これまた、展開の予想がつく。友達を紹介してやる、とでも言われるのだろう。それだけは勘弁してほしい。
「紹介してもらわなくても、間に合ってますから」
彼に友達を紹介されるくらいなら、今ここで彼を振り切って逃げるほうがいい。
ハンドルは彼に握られたままだったけど、私は自転車にまたがった。
「いや、俺が、なるから」
あの言葉への返事として成り立っていない、というよりも意味がわからない。
「なるって……何に?」
予想外の展開すぎて、抵抗する力も出ない。
彼はハンドルから手を離し、しばらくうつむいていたけど、よし、と小さく呟いて顔を上げた。
「彼氏に、なる」
言ったとたん、彼の顔が赤くなった。いや、彼だけではない。
「それって、プレゼント用意してないから……冗談?」
彼の顔を見れば、冗談でないことくらいわかる。でも、確認せずにはいられない。これは、かなり重要なことだ。
赤いまま、彼がむすっとした顔をする。
「欲しいのか、欲しくないのか……」
はっきりしろ、と続くのは明白だったので、
「……欲しい」
急ぎつつも呟くように答えた。
彼がゆっくりとはにかんで、頭をくしゃりと撫でる。
「こんなことなら、着替えればよかった」
彼の顔がまともに見られなくて、思わず下を向いた私の目に、赤くなった裸足が映る。
「裸足で……寒いよね。ごめん。私が出て行ったから」
「寒くない」
「え、でも、真っ赤になってるし」
「それどころじゃ……ない」
はだしの足を見つめていた私の頭上から、嬉しすぎて、と呟く彼の声が降ってきた。
◇終◇
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