──プツンッ
今日も小さな音をたてて、私の開いているノートにシャープペンシルの芯が飛んできた。
毎日、一本は必ず飛んでくるこの芯。力を入れすぎて折れたのか、5ミリほどの長さしかない。
最初はどこから飛んでくるのかわからず、授業中は左右に目を光らせていた。
数日経って、ようやくそれが、隣の彼の席から飛ばされていることに気づいたのだ。
隣の彼──私の好きな人。話すことはできないけれど、隣の席になれたことは、この中学卒業を控えた私にとって、大事件。
授業は聞かないといけないし、彼は見ないといけないし……。おかげで授業中は楽しいやら、忙しいやらの日々。
そんな私の視界に飛び込んできた小さい芯。
なんで、そんなに折れるのか、きっちり私のところに飛んでくるのか。聞きたいことはたくさんあるけど、今日も私は飛んできた芯を、空になったシャーペンの芯ケースに入れる。
ちりも積もれば山となる。
今は少ししか入っていないけれど、このケースいっぱいになったら、彼に告白しようかな、と思っている。
なにごとにもきっかけは必要だし、私の場合、よほどのきっかけがない限り、告白なんて無理。できなかったら言わないつもりだった。
だから、突然湧いたきっかけに、私は勇気を託すことにした。
とにかく、このケースがいっぱいになったら、絶対に告白する。
──それから1ヶ月経って、小さい芯は、たまりにたまってケースいっぱいになった。
ケースいっぱいになったら告白しよう。
そう決めたはずなのに、結局チャンスをつかめないまま、ずるずると日々を流してしまっている。
多少重くなったケースは、今もペンケースに入ったまま。
今日も変わらず芯は飛んでくる。
ため息つきながら、指に乗せた芯を見つめる。
ケースに入らないから、早く告白しろ。早くしないと卒業だぞ。
そう語りかけるように、芯は私の指を黒くした。
私もずっと気になっている。聞けば、私の周りのクラスメイトは一度も芯など飛んできたことはないと言う。
そうすると、彼は私に向かって飛ばしているのか?
淡い期待だって抱いてしまう。小さい芯が愛しくなってくる。今日もまたいらっしゃい、って迎えたくなる。
でも、それでは何の解決にもならない。
告白して、彼に全てを聞きたい。
でも……チャンスがない、つかめない。
自己嫌悪に陥りそうになった、その日の放課後。
私は忘れたペンケースを取りに、教室へと向かった。
ガラリと開けた教室の中に、彼がいる。
何も言わずに入って、私は自分の机の中からペンケースを取り出した。
彼の手元を盗み見る。
(あ、漢字のプリント)
彼が必死に書いているのは、今日提出の漢字プリント。午後5時までに提出したら遅刻としない、と先生が言っていた。
今は4時半。あと30分。
できるんだろうか、と気にしながらも私は教室を出ようとする。二人きりのチャンスをつかんだ、とは思ったけれど、今はどう見ても忙しそう。だから、やめ。
「シャー芯持ってる?」
後ろからいきなり彼の声。
「はい……。えっ?」
うわずった声に照れながら、私は振り向いて彼を見る。
「これの芯……」
彼は手にもっているシャーペンをカチカチと鳴らし、ある? と聞いてきた。
チャンスを逃しかけた私に気づいたのだろうか。
そんな、ありもしないことを考えてみる。だから、彼の言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
「あ、ああっ。シャーペンの芯。うん、持ってる、持ってる」
私は彼に近づいて、ペンケースの中から、芯の入ったケースを取り出して渡す。
どうも、と彼が受け取って、ケースを少し開けて逆さにしたとたん、ぽろぽろと落ちてくるのは間違いなく、彼が飛ばしたあの芯。
彼は目を見開いたまま、プリントの上に落ちる小さな芯を呆然と眺めている。
私も同じく、ただ見ているだけ。
はっ、と彼はケースを元に戻す。重力に従っていたシャーペンの芯は落ちることをやめた。
教室に沈黙が訪れる。
何から言えばいいのか、混乱した頭では整理しつくせない。
彼の反応を、怯えながら待っている。
「これ……何?」
プリントの上に落ちた無数の芯を指して、彼は私に聞いてきた。
頭は混乱したままだけど、とりあえず何か言わないと。
私は芯をじっと見つめて、静かに息を吐く。
「それは……いつも私のとこに飛んでくるの。そっちから飛んでくるんだけど、知らない? 今日も飛んできてたんだけど」
しまった、と彼の顔が言っている。だが、手に持ったケースを彼は私に差し出した。
「……でもさ、こんないっぱい集める必要ある?」
後がなくなってしまった。
言うしかない。逃げられない。
チャンスを自分から引き寄せるつもりだったのに、こんな形でいきなり告白することになるなんて。
私は、大きく、彼にわかるくらい大きく深呼吸する。
あのね、と言って私は一気に思いを口にした。
「ずっと見てたの。授業中も、体育の時も、理科室で実験してる時も、好きだから見てた。折れた芯が、そっちから飛んできてたって知った時、本当に嬉しかった。そう思ったら、その芯が愛しくなってきて、それでケースに入れて、いっぱいになったら気持ち言おうと決めてて……。ごめん、こんな時に言うはずじゃなかったけど、ごめん……」
言い終わって、また深呼吸。
そして、見るのが照れくさかった彼の目を、今度はそらさずじっと見る。
彼はしばらく私を見ていたけど、やがて耳から顔にかけて、急激に赤が広がっていく。
プリントの上の芯を指でいじりながら、彼は呟くように言う。
「俺、これで文句言ってほしかった。いつも飛んでくるからやめて、とか、授業中だからうざい、とか。でも、全然言ってこないし、それでも俺はやめられねぇし。だから、これ見た時、驚いたけど正直嬉しかった。ま、なんでもよかったんだ、きっかけはさ。とにかく、話したかった。……一応、気になってたから……な」
彼は、変わらず指で芯を押したり弾いたり、目はその芯の行方を追っているようだ。
これは……どう受け取ればいいのだろう。自惚れるところ?
困っていた。どう返せばいいのか困っていた。
気になっていた、をどうとればいいのか、困っていた。
思案しながら、あちこちに視線をさまよわせ、あるところで定まった。
「あっ! プリント! 5時! 15分しかないよ!」
はあ? と見返した彼も、時計を見てあわてる。
「うわ、マジ!? ちょ……でも、あぁ!」
私と時計とプリントの間を、彼の目が何度も往復。
プリントの上の芯を端によけて、彼はあわててシャーペンを押す。
「シャー芯! シャー芯くれ!」
「あ! はい、はい!」
今度こそ、彼にちゃんとシャーペンの芯を渡して、私はその場で成り行きを見守る。
告白は、どうなったんだろう。
あわただしく芯を補給して、プリントを埋めていく彼を見ながら、ふと心配になったりする。
彼は、プリントに視線を置いたまま、忙しく手を動かしたまま、声だけで私を呼ぶ。
「待っててくれねぇ? ってか、絶対待ってて。プリント出したら、一緒に帰りながらゆっくりと話す必要がある」
忙しいはずの彼の手が止まり、シャーペンの頭で鼻をこする。
「とか、かっこいいこと言ってるけど、ま、俺が話したいだけ」
一瞬だけ、私の目を向けた彼に、私は笑みを返す。
「私も話したいから待ってる。今はプリントがんばって」
「う、おぅ……」
顔を真っ赤にさせながら、プリントを埋めていく彼を見て、私は手に持ったペンケースをぎゅっと握り締めた。
彼の机に小山を作っている小さな芯。
彼の向こうにあるそれを、じっと見ていた。
◇終◇
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