隣の席
 好きな人がおさななじみだと、どうしてあんなに喧嘩口調になってしまうんだろう。他の男子には普通に話しかけられるのに。
 時々、おさななじみという関係に感謝することもあるといえば、ある。
 いつでも何でも話せるけれど、この気持ちだけは絶対に言えない。
 だから、私は今日も彼に憎まれ口をたたく――。


「うわ、せっかく席替えしたのに、また、あんたが隣なの?」
 新しい席が決定後、教室内が机移動のために騒々しくなる。ざわつきに紛れる程度の大きさで、私は隣の彼に不満げに言った。
 本当は友達に交換してもらって得た席だけど、それを彼に悟られてはいけない。不満さをアピールするべく、さらに、最悪、とまで付け加える。
 そんな私の内心を知らない彼は、いつもの調子でのってきた。
「俺も同じ。新しい出会いをくれ、新鮮味のある女子をくれ」
 机を所定の位置まで運び終えた彼は、私を見てあからさまなため息をついた。
「私だってね、あんたの顔にはもううんざり。見飽きてるんだから」
「家近いうえに席まで隣……。いやな縁が続くもんだ」
「腐れ縁、ってね」
「腐ってるなら捨ててくれ」
 座って肘をついた彼は、ごみはいらない、とでもいうように手をひらひらと振る。
 私も机を置いて、彼と同じように座って手を振った。
「そっちで捨ててよ」
 教室内では、席に座っている人と、机をまだ移動させている人がいる。
 肘をついた手に顎をのせて、前を眺めながら私は、
「まあ、でもさ、うざいけど気楽なんだよね、結局は」
 正直な気持ちをさりげなく前へ出してみた。言いながら微笑みそうになる顔を抑えるのが、なかなか大変だったりする。
「そうか?」
 いまいち納得いっていない風な彼の返事。
 少しだけではあるけど、せっかく素直なことを言ったのに、彼の一言であっさりと叩き落されてしまった。
 静電気のようなちくりとした痛みが胸を刺す。
「私では気楽になれないってことね。わかった、あんたの隣がいいって人がいたら替えてもらうから」
 目と手のやり場に困ったから、意味もなく机の中の教科書やノートをいじる。視界の端に彼をとらえながら。
「お前、もしかして拗ねてんのか?」
 私のほうを向いた彼は、平然とした顔で言ってのける。
「替えてあげるって言うんだから、少しは喜べば?」
 本当は拗ねてるけど、それを認めるにはかなりの勇気がいる。だから、私はさらに可愛くない言い方をしてしまった。
 疑うような視線を私に向けていた彼だったけど、やがて小さく両手をあげ、
「んじゃ、ま、ラッキーっと」
 口元を嬉しそうにほころばせた。
 その顔を見た私の胸には、さっきよりきつめの静電気が発生していた


「……というわけで、私と席、交換してもらっていい?」
 放課後、さっそく私は席を替えてもらうため、友達に交渉してみた。
 彼にああ言った手前、引くわけにもいかなくなった。あまりに明らかな自業自得ぶりに自分のことながら情けなくなる。
 交渉している相手は、彼の隣を譲ってもらった友達とは別の友達。さすがに同じ人に頼むへまはできない。
「うん、私は別にいいよ」
 友達の優しい性格も手伝って、あっさりと交渉は成立した。
「今から部活でしょ? 机は私が移動しておくから。……ありがとう」
「一緒に移動してあげられなくてごめんね。じゃ、また明日」
 ジャージ姿の彼女は手を振って、教室から出て行った。
 見送りながら振っていた手を下ろし、私は彼の席を見つめて大きく息を吐いた。
 同じクラスになってから、今までずっと彼の隣の席だった。今日もうまく隣の席になれたから嬉しかったのに、まさか、あんな売り言葉に買い言葉で、こうして離れるはめになるとは思わなかった。
 彼とのやりとりを思い出して苦笑する。
「しょうがない……っか」
 呟いて、前方にある彼女の机に手をかけ、教室の後方へと移動させる。次に、自分の机を移動させようとして机に手をかけたけど、名残惜しさのあまり椅子をひいて座る。
 その席からじっと彼の席を見る。彼の座っている姿が、残像のように空席に浮かび上がる。
「私、ばかすぎる……」
 自分へのいらだちをばねに、とどまろうとする体を席から引き離す。立ち上がってしまえば、もう座ることはない。
 彼の隣だからこそ名残惜しいわけで、そこから剥がしてしまえばただの机と椅子。
 机はそれほど重くないけど、自身に勢いをつけるために腕まくりをして、机を持ち上げた。
「お、おい!」
 教室の入り口に彼の姿が見えたと思ったのも束の間、早足で彼が机を持つ私に近づいてくる。
「机持って……何、してんだ?」
 驚きすぎて、喧嘩口調をすっかり忘れている彼の姿は、少し滑稽にも思える。
 机を指しつつ呆然と隣に立つ彼に、私は机を持ったまま平然と言ってやった。
「席替え」
「午前中にやっただろ?」
「あんたに新しい出会いをあげるため、さ」
 今度は爽やかに言ってみたけど、彼の驚いた顔には全く変化がない。
「隣、変わんのか?」
「そういうこと。隣に誰が来るかは明日のお楽しみ」
 いきなり机が動いていれば驚きもするだろう。いつまでも彼にかまってられないので、私は再び机を持つ手に力を込め、運ぶ作業へ入ることにした。
「……ちょっと待て。お前、勝手すぎる」
 彼の手が私の持っていた机を力強く払った。指にひっかけるように持っていた机は、私の手から離れ、大きな音をたてて倒れてしまった。中に入っていた私の教科書類も落ちる。
 かがんで教科書を拾い集めた私は、立っている彼を下から睨む。
「ひどい。ここまですることな……」
 言葉を飲み込んでしまったのは、見上げる私の視線の先に、今まで見たことのない彼の顔があったから。怖いくらいに鋭い視線が私をじっと見下ろしている。
「俺の隣、そんっなに嫌なのか?」
 ここは素直になったほうがいいぞ、と頭が警鐘を鳴らしているけど、何も言葉にできない私は、黙ったまま教科書を机に戻す。
「お前が、俺の隣が嫌なら謝る。何度でも謝る。……けど、俺の隣が嫌じゃないなら、机、今すぐ戻せよ」
 倒れている机を戻したけど、彼の顔を見られない。それでも、怒りのこもった声だけで彼の表情は容易に想像できた。
「だって、あんたが私の隣は嫌、みたいなこと言ったんじゃない。絶対に、私のせい、じゃない……」
 視線を合わさず呟く私の声は、非を認めない子供に似てる、と思った。怒る彼はさしずめお父さんといったところか。
「俺がいつ言った?」
「『気楽だよね』って私が聞いたら、『そうか?』って不満そうだった。替わってあげるって言ったら喜んだ」
 本気で怒っているであろう彼の顔は見られない。声だけで十分だ。
 怒りかわからない沈黙が続いた後、彼が口を開いた。
「それ、間違ってる。受け取り方おかしいぞ、お前」
「……はあ?」
 怒りのないあっさりとした彼の口調と言葉の意味に驚いて、私は思わず顔をあげてしまった。
 彼の顔にもう怒りはなかった。
「そうかってのは、うざいって言葉に対しての返答。気楽については反対なし。お前さ、喜んだっつうけど、あれはほとんど強制だっただろ。お前が喜べばって言うから俺は……」
「私のせい? 喜んだのはそっちでしょ? 喜びたくないなら喜ばなければよかったのにさ」
 さっきまで萎縮していた分を発散するかのように、私は彼に反論をぶちまける。
「責任を押し付けるな。あんなこと言われりゃ俺だって……」
 そこまで言って唐突に彼は口に手をやって言葉を止めた。天井を見て深呼吸した彼は、ゆっくりと私を見た。
「……悪い。素直になれない俺のせい、だ。最初からちゃんと言えばよかったんだよな。まあ、聞け。俺は、お前と隣の席で嬉しかったんだ。舞い上がりすぎてお前の話をしっかり聞いてなかった。……舞い上がるなっていうほうが無理なんだよ。隣にお前だろ? 誰だって好きな……」
 そこまで言ってまた彼は口に手をあて、今度は私に背を向け、
「……喋りすぎた」
 ぼそりと呟いた。
 彼の言わんとしていた続きは考えるまでもなく明らかだったのに、とっさに言葉を返すことができなかったのは、私も恥ずかしさに言葉を飲み込んでしまったから。告白だということに気づいてしまったから。
 好き、なんて言葉にしてしまったら、絶対に私は顔を赤くさせている彼を放って、この場から逃げ出してしまうだろう。
 なんとか、好きという言葉を使わずにこの気持ちを伝えられないものか。考えた私は机に目を止めた。
「机、一緒に戻してもらっていい?」
 彼の背中に向かって、私なりに気持ちを投げかける。
 彼はこの言葉の意味に気づいてくれるだろうか。
 また、誤解から喧嘩にならないだろうか。
 そんな心配をしながら――。


 ◇終◇

【あとがき】
25000をヒットされたAZUSAさんに差し上げました。
リクエストの「喧嘩ばかり」に応えられているかかなり心配です。「素直になれない」というのは私の得意分野(笑)でもあったのでちゃんと書けているとは思うんですが……。
キリ番とってリクエストしたらこんなのがもらえますので、皆さんもカウンターを時々見てみてください。
申告してくださったAZUSAさん、ありがとうございました。
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