私の好きな彼は、教室では私の前に座っている。さらに、彼の家は私の家の向かいに建っている。
彼への気持ちに気づいた時は好きな人と近いことを喜んでいたけど、今ではこの近さが恨めしいとさえ思う。
近いがゆえに、彼のいろんなところを知ることができるけど、逆にいろんなところを知られてしまう。
母親同士の交流も子供以上に深い。
でも、近くてよく話すからこそ、こうして彼の部屋に来ることもできるわけで、それは喜ぶべきことかもしれない。
私が彼の部屋に行くようになった経緯。それはごく自然な消去法。
外で二人で話すとカップルに間違われるし、いつクラスメイトに見られるかわからない。かといって、女である私の部屋には入りにくい、と彼は言う。結局、最後に残った候補地がここ。
ちなみに私たちは付き合ってはいない。私の気持ちさえも打ち明けてはいない。
だから、彼の部屋に来るといっても、やってることはゲーム。彼は楽しそうで、私はゲーム好きではないけど、彼のために今日もまたコントローラーを握っている。
「協力しないと解けないダンジョンだからな。せーの、で飛ぶぞ」
テレビの中では、とある崖の前に立つ二人。彼の操作する少年と私の操作する少女。
「いくぞ……。せーのっ」
少年は無事に崖を飛び越えて、その背後で少女が落ちていく。
私はきちんとボタンを押そうと思ったのに、ふと目に止まったのは、私の斜め前に座っている彼の首。
ただ、その一瞬が私の指を止めてしまったのだ。
「あー! 何してんだ? ちょっと待てよ、薬草持ってたはず……」
私の目線の行方など知らない彼は、持ち物の中から必死に薬草を探し、少女の体力を回復している。
私は別に男性の首が好きというわけでもないのに、なぜか釘付けになってしまった。
崖に落ちてしまった少女のことよりも、自分の行動に驚いてしまう。誰にも打ち明けられない疑問符が頭の中に湧いている。
「ん? 大丈夫か?」
ゲーム画面を一時止めて、彼がこちらを振り向いた。
疑問を解くためにあいかわらず彼のうなじを見ていた私は、
「え、え? ええ? あ、あ……」
言葉にならない声しか出せない。
「はあ?」
わけがわからない、と今にも続きそうな彼の口調。
このままではただの変な奴になってしまうけど、首にみとれたなんて言った日にはさらに変な奴になってしまうんだろう。
「えっと、首……じゃなくて、崖が見えなくてタイミングはずしたみたい……」
頭の中がいっぱいすぎて、取り繕うつもりがよけいな言葉を混ぜてしまった。
聞き流してほしい、という私の願いもむなしく、彼はさらに突っ込んでくる。
「首? ってここの首?」
彼が自分の首を指差す。
「く、首じゃなくて崖。言い間違えただけ」
「普通、言い間違えるかぁ? 単語に接点がなさすぎるんだよ」
ごまかしの壁に崩壊のひびが入る。
「首が……首が痛いな、って。後ろから見てるから首をひねるっていうか……」
多少の不自然さはあるものの、すばらしい言い訳に、内心でガッツポーズをしてしまった。
「俺が邪魔になる、か……。じゃ、場所交代」
ごまかしの壁は守ったものの、今度は足元に穴を掘ってしまったようだ。
彼が私に場所を譲る。動かざるをえない私は、彼と場所を交代するはめになった。
今度は、彼が後ろで私が前。
先ほどまでは彼の背後で、首を見ていることもできたけど、今度は彼に背後をとられている。首を見られるのは私。
「これでいいか? 再開するぞ?」
彼の姿が全く見えない。不安と緊張で自然と肩にも力が入る。
私の背後に意識が集う中、かろうじてゲームの中の少女は少年の後を歩いている。
「よし、ここでお前の魔法使えば、洞窟に入れるはず」
「魔法……これ?」
「それそれ」
魔法を選んで決定ボタンを押すだけ。簡単な動作だから私の動揺も表に出ることはない。
油断していた矢先……。
「首、大丈夫か?」
彼の手が私の首をつかんで軽く揉み始めたのだ。
「ひっ……きゃっ」
ぎりぎりのところで平静を装っていた私は小さな悲鳴と共に、思わずコントローラーを投げ、あいた手で首にある彼の手を必死に払う。
両手でがっちりと首をガードした勢いのまま、背後を素早く振り返る。
払われた手をだらりと下ろし、彼の目は大きく見開かれている。
「そ、そんなリアクションとるほどのことか?」
「いきなり触るから……」
「じっと見てたら、なんとなく手が伸びたんだよ」
「じっと見てた?」
今度、コントローラーを手放したのは彼。行き場のなくなったらしい手は、汚れをとるかのようにカーペットを撫でている。
動揺しているのが私にも明らかにわかる。
「なんていうか……我慢がきかなくなったというか……」
「だからってすぐに触る?」
「俺だって知らないうちに、なんだからしょうがないだろ」
「しょうがないって……私だってね、一生懸命我慢して……」
「私だって我慢して?」
カーペットをいじっていた彼の手は止まり、そらされていた目線が私に向けられる。
劣勢から復帰した彼の口元には、かすかな笑み。
「お前も、ってこと? 俺にさんざん言っておきながら?」
にやりと笑いながら、彼が手を首に近づけてくる。
「や、やめてよ」
「お前も俺の首、触れば?」
「すっごい至近距離になるから……いや」
伸ばされていた彼の手が止まった。
引っ込んだその手で、彼が自分の首をさする。
「好きだから、って言いたいとこだけど……そ、それはちょっと厳しいな」
「あ、好きだったんだ」
「いや、気づくの遅いだろ。言うまでもないと思ってたのによ」
「じゃ、私も言っとこう」
「どうぞ」
「……」
「? どうした?」
「……恥ずかしすぎ」
「だろ?」
うつむき加減になる私を指差し、彼が嬉しそうに笑った。
◇終◇
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