卒業式の後、校門前に彼氏がいたら、なんてシチュエーションに、女子高生として私も心密かに憧れている。同級生に彼氏がいたりする子は、一緒に卒業式に出られるし、一緒に帰ることも簡単。
彼氏がいる私としては、やっぱり彼女の卒業式なんだから何かしてほしい。
もちろん、彼にも予定を聞いてみたけど、仕事の一言にあえなく玉砕。
私たちにとっては卒業式という一大イベントの日だけど、社会人にとっては単なる平日。仕事があるのは当たり前のこと。しかも、三月や四月は仕事もいつもより忙しいらしい。
社会人の彼をもっている以上、仕事をとられる覚悟はしている。けど、寂しいという気持ちだけはどうしようもない。
でも、私にとって卒業式は卒業式。彼氏がいなくても友達はいる。卒業式後の打ち上げもあることだから、おもいきり楽しむことにした。
「卒業生、ほたるの光、斉唱」
司会である教頭先生の声と共に、私たちは一斉に体育館後方の保護者席のほうへ向く。
定番だとわかっていても、やはりこの歌を歌うと、学校生活が頭の中にたくさん流れてくる。
卒業生の中で後ろから二列目の私だったけど、後ろを向いたことで前列二列目になっている。座っているお母さんたちもはっきり見える。恥ずかしいが半分、なんとなく感謝したい気持ちが半分。私の母も座ってるのだろう。
そこに、見覚えのある顔を見つけた。
母はもちろん見覚えはあるけど、その後ろにスーツ姿の彼がいた。
前に座っているのが私の母だと知らないのか、彼はじっと私を見ている。卒業生を見ているようでいて、じっと私を見ている。
卒業式の感動に、彼が来てくれたことへの嬉しさがかぶさって、一気に涙があふれてきた。
周りにも泣いている女子が多いので、私が泣いたところで目立つことはない。
音楽が止み、拍手が体育館に響く。
もちろん、彼も手を叩いている。
それだけなのに、またじわりと涙が浮かんできた。
式の終了が告げられ、退場。
涙を素早くハンカチで拭いて、真ん中の道から退場する。
目が合った母は、嬉しそうに強く拍手している。
そして、彼も私と目が合うと、かすかに微笑んでくれた。
仕事じゃなかったのか。どうして来てくれたのか。
聞きたいことがいっぱいあった。
友達の卒業アルバムに寄せ書きしながらも、頭の中は半分彼のほうへ向いている。
早く会いたかったから、友達と写真を二枚撮って、すぐに校門へ向かった。
友達より彼氏をとってしまったことに、罪悪も感じつつ走る。
彼が待っていた。
いや、待っていたかどうかはわからないけど、駐車場になっているグラウンドに彼の車が停まっていた。
運転席の窓を叩く。
彼が少しだけドアを開けた。
「お前、卒業生だろう? ちょっと出てくるの早くないか?」
走ってきた私は、乱れた息を整える。
「早く会いたかったから、ぱぱっと済ませてきた」
「馬鹿か? 卒業式なんだろう? 友達としっかり話してこい。満足いくまで写真でも何でも撮ってこい。卒業したら、来たくてもなかなか来れなくなるからな」
私の返事も聞かずに、運転席のドアが閉められる。彼は完全に寝る体勢にはいっている。
ドアを開けてこれだけを聞いておく。
「満足いくまで話してくるから、待っててくれる?」
「さあ? とりあえず……寝る」
彼なりの優しさをよみとった私は、ドアを閉めて、友達が帰ってしまわないうちに教室へ走って戻る。
他愛もない話をたくさんした。卒業式だからこそ話せることが、思った以上にある。
もちろん、写真も撮った。使い捨てカメラ四〇枚撮りもあと一枚しか残っていない。
彼に言われて教室に戻ってから、一時間は経っていた。
待っててほしいと言ったけど、待たせてしまってわけだから、それはそれで申し訳ない。
ゆっくりと車に近づいて、運転席を覗くと、彼がいたって普通に寝ていた。
車は数台しか残っていない。
起こすのも悪い気がしたから、ゆっくりと助手席に乗り込む。今度は私が待っていようと思った。
ただ待っているのも暇なので、寝ているのを機に彼を観察してみる。
珍しく上げられた前髪。スーツも、仕事でいつも着ているものとは違う。ネクタイもはずされていない。
彼の姿を写真に残すべく、カメラのフラッシュをオンにしてシャッターを押す。
「……盗撮。フラッシュ付きとは堂々としたもんだ」
目を覚ました彼が、手で前髪を崩す。
「撮っておいてよかった」
「もしかして、最後の一枚。……まさかな」
「うん、最後の一枚。貴重なお姿いただきました」
奪われないうちに、とカメラを鞄にしまいこむ。
彼の呆れが、ため息と共に車内に広がっていく。眉間に皺も刻まれているけど、不機嫌になった雰囲気ではない。
「撮る意味が全くわからん。撮るほどのもんでもないだろうに」
「だって……いつものスーツじゃないよね?」
「卒業式に、くたびれたスーツで来てほしいか?」
「わざわざ買った?」
「予備に買っておいた。残念だったな」
ネクタイをはずした彼が、後部席に放り投げながら不敵に笑う。
「私のためじゃなくて残念でした、ってこと? 別にわざわざ買うわけないってちょっとはわかってたし。それより……今日、仕事って言ってなかった?」
「予告なしで来たほうが嬉しいだろう?」
「嬉しいっていうより驚いた」
「驚いた? それで涙まで出るのか。器用だな」
おおげさに感心したような顔をみせる彼。
泣いているところを見ていたのはわかっていたけど、改めて言われるのは恥ずかしい。
「卒業式に感動するのは普通」
「……ああ、俺も感動した。嬉しいもんだ」
驚いた。彼が卒業式に来たことよりも驚いた。ここで賛同されるとは思わなかったから。
「父親みたいな顔で拍手してたもんね」
「父親? 一緒にするな。これで晴れてゆっくりと俺の手で女にしてやれるのかと思うと、拍手も自然と強くなり、嬉しさも顔に出て……」
エッチな方向に受け取ることはない、彼のように余裕を見せて笑ってやればいい、とわかってはいても、彼の口から出てくると、どうしても変な方向に考えてしまう。そうすると、自然と顔も赤くなる。
「……本気で?」
「有言実行。これで昇進も手に入れた」
少し引き気味な私の隣には、仕事のできる男の笑みがあった。
◇終◇
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