6話:デートと誕生日
 とっておきの服を着てみた。つけたことない薄い色のリップもつけてみた。学校行く時よりも丁寧に髪をブローした。準備が整ってから、家を出るまでに三度も鏡を見て確認した。
 異常なし。
 外に出れば、夏ほどではないけれど秋のわりにはまだ暑い。
 七分袖にミュール。なかなか大人っぽい感じ、だと思う。
 坂内との待ち合わせは、互いの家の中間に位置する駅前。自転車で行けば早いけれど、今日はスカートにミュールだし、せっかくの髪も乱れそうなので歩いていくことにする。
 しばらく歩いていると、実は歩いていくほうが緊張することに気がついた。一歩、一歩、坂内の待つ駅前に近づいていく。足がもつれそうになる。
(う、うわぁ、予想以上に緊張してる。二人で出かけたかったはずなのに、さ)
 緊張が高まるにつれて、行くのやめたいなんて気まで起こってくるのだから不思議だ。
 駅前まであと少しのところで、私は急激に速度を緩めた。坂内が待ってるのか確認しつつ、冷静を装い気持ちを整えながら歩く。
「おはよう、河原さん」
 いたって普通に爽やかに坂内が手を振った。
 そんな坂内を見た瞬間、緊張が爆発して、意識がどこかへ吹っ飛んだ。
 曖昧な笑顔を浮かべながら坂内に手を振って歩いていた私の足が、駅前の歩道の小さな段差につまづいた。
「うわっ」
 せっかく服装を可愛くしたのに、とっさに出る声が可愛くない。
「おっ……」
 走ってきた坂内が私の体を受け止める。それはドラマのようで映画のようで漫画のように。
 坂内の腕から離れるまでの数秒間で、さらに私の羞恥が限界へと加速する。
「うわぁ、やだぁ……」
 感情のままに声を出して、私は顔をかかえてうずくまる。
「つまずくくらい誰にでもあるんだから、気にすんなって」
 そういうことじゃない。そういうことだけどそういうことじゃない。
 つまずいたことも恥ずかしいけど、それ以上に、抱きとめられた坂内の腕に緊張しすぎて何がしたいのかわからなくなった。自分が自分でなくなるような不思議な感じ。
「ん〜……」悩む坂内の声が頭上で聞こえる。「あ、やべ。河原さん、電車来る!」
 坂内が私の腕をつかんで起き上がらせる。そのまま坂内が走り出すので、私も引っ張られるままに走るしかなかった。
 急ぎながら券売機で切符を買って、坂内は私に一枚を渡す。
「河原さん、走れ」
 そうして唖然としたままの私を置いて、坂内がホームへと走り出す。置いていかれるのはわかったから、私も走って坂内の乗った電車に乗る。
「間に合ったぁ」
 強く呼吸をしている坂内の隣で、つられるように走りまくった私は息切れして声も出せない。
 顔にはじんわり汗がにじんで、髪はもちろん乱れている。
(せっかく、私がせっかく……もう!)
 私は心の中で坂内をバンバンと叩いていた。
「河原さん、大丈夫……そうじゃねぇな。座るとこ、座るとこっと」
 なおも息切れしている私の前で、坂内が車内を見回している。
 汗をにじませながらも空席を探す坂内を見ているうちに、ゆっくりと私の中で落ち着きが戻ってくる。
(そっか、坂内は変わらないのか。私だけ焦ってても仕方ない、か)
「坂内、坂内」
 私は車内を見回している坂内に呼びかける。
「河原さん、座るとこねぇけど大丈夫か?」
 振り向いて坂内が申し訳なさそうな顔をするので、私は、大丈夫、と笑顔を見せた。
「急に走ったからきつかったけど、もう大丈夫」
「走ったなぁ、確かに。俺もかなりきつかった」
 そう言って苦笑した坂内の目が、私の足元へと移り、悲惨なものでも見るような目に変わる。
「え、なに?」
「それ……」坂内がミュールを指す。「そんなもん履いて走ってたのか。そりゃ、きついだろ。普通の靴履いてくりゃいいのに」
「普通の靴じゃ、この服に似合わないじゃない」
「じゃ、服を変えてくりゃいいじゃねぇか」
「これが着たかったの」
「それが、ねぇ?」
 疑うような坂内の目が、私の全身を往復する。服装を見定めようとするかのように。
 今にも隠したくなる手を抑えて、私は胸をはって坂内に対抗してみた。
「可愛いでしょ?」
「いや、全然……」
「え、可愛くなかった?」
 強気がとたんに弱気へ。
「俺には全然わかんねぇ」
 弱気がとたんに脱力へと変わる。
「あぁ、坂内だったっけ……」
 可愛い服着ても無駄だったっけ、とは言わないけれど、私の朝の準備時間は全て水泡へと帰す。
 肩を落とす私を気にしてか、坂内が小さな声でうなっている。そして、何かを思い出したように手を叩き、
「河原さん、女っぽい」
 と、得意げに言い放った。
 もちろん、またもや脱力。
「あの、女なんですけど……私」
 坂内なりに言葉を探してくれたんだろうけど、ボケに対して突っ込んだような気分になる。
 しまった、と坂内の顔が語る。
「普段が男って言ってるんじゃなくて、なんとなく女っぽいなって俺なりに……」
 髪をがしがし掻きながらうろたえる坂内が、どうにも可愛くって私は思わず笑ってしまう。
「大丈夫よ、坂内。嫌味じゃないってことはわかってるから」
「俺にうまい言葉は期待すんなってことだ、うん」
 さっきのうろたえはどこへ行ったのか、得意げに坂内が言って車窓の外へと視線を移す。
「期待してないって」
 苦笑しながら私も外へ目を向けた。


 電車を降りた私たちは、手軽にファーストフード店で昼食をとり、そのまま映画館へと入った。
 私が観たいとさんざん言った映画は恋愛もので、そういうものを観ている時、隣に座っているのが好きな人というシチュエーションは、映画以上にドキドキを誘う。
 なにより、二人の間に置いたポップコーンへ伸ばす手が、坂内と同じタイミングにならないようにするのが大変だった。映画とポップコーン見ている時間はほぼ同じなんじゃないだろうか。
 映画の主演男優の横顔よりも、坂内の横顔を見ている時間のほうが多かったようにも思う。
 そんなこんなで結局、映画の内容は半分ほどしか頭に入らなかった。
「うわ、眩しいっ」
 映画館を出た私たちは、暗さに慣れた目に日差しが入り込むのを防ぐため、揃って目の上に手をかざす。
 しばらくそうやって徐々に目を慣らしていく。
「さて、これからどこ行く?」
 簡単に伸びをしながら坂内が聞いてくる。
「どこでもいい」
 久しぶりに明るいところで見る坂内に、映画館でのあれこれが蘇ってきて、私は目を合わせられない。
「どこでもって言われてもなぁ。ゲーセンっつうわけにもいかねぇだろ? もしかして、ああいうとこ入りたい?」
 坂内の指す先には、可愛い雑貨の並ぶいかにも女の子しか入らないような店がある。
「私としては嫌いじゃないけど、さ。私が行きたいって言ったらどうする?」
 その店を見つめたまま、私は坂内の意見を求める。
 坂内の顔を見上げると、彼はじっと雑貨屋さんを凝視している。
「俺は……なるべくなら、パス……したい」
「言うと思った。でも、私はゲーセンは……パスしたいんだけど……」
「じゃあ、ここで解散、っつうのもなぁ……」
「う〜ん……」
 二人で今や関係のなくなった雑貨屋さんを見つめて苦悩する。
 解散だけはしたくなかったし、別行動にもなりたくなかったので、ゲームセンターにしようかと坂内に言おうとした瞬間、
「あっ!」
 坂内が何かを思い出したように声をあげる。
「私はゲーセンでも……」
 いい、と続けようとした言葉は、慌てて何かを言い出す坂内に遮られる。
「誕生日だよ、誕生日っ。あぶねぇ、俺、忘れるとこだった」
「誰の?」
 坂内の指が私に向けられる。
「河原さんの誕生日。九月二十六日、だろ?」
「うん、もうすぐだ」
 坂内がジーンズのポケットから財布を取り出す。
「塩崎からプレゼント用に金預かってきてるんだ。あそこの雑貨屋で選べばいいじゃん」
 次の行き先を決めた坂内の顔は生き生きしている。
 かすかな暑さと笑顔で、私は大胆なことを思いついてしまった。
「好きなものくれるの?」
「そんなに高くないものなら」
「じゃ、坂内が選んできてよ。私は何でもいいから」
 坂内が選んでくれたものなら何でもいいから。
「お、俺が選ぶのかぁ? あの店で?」
 仰天した坂内が必死に雑貨屋さんを指す。
 私は笑顔で淡々と告げる。
「そう、あの店で、坂内が」
 ひえ〜、と頭を抱えだした坂内を見ながらも、私は彼なら行ってくれると確信めいたものを感じていた。行ってくれないとわかっているなら、無茶な頼みはしない。なにより坂内が即刻いやがる。
「よし、行ってやろうじゃねぇか」
 呟いて坂内は雑貨屋に向かって駆け出した。異様な闘志がみなぎっている。
 それから十五分ほど、坂内は戻ってこなかった。
 裸眼での視力は悪くない私の目に、店内で挙動不審な動きをする坂内の影が見え隠れする。
 自分のために一生懸命になる彼。途中で放り出そうとしない彼。
(惚れ直してしまう……)
 呑気に思っていた時、坂内がようやく店から出てきた。真っ赤な顔を隠しもせずに、私の元へ走ってくる。
 たいした距離でもないのに息切れしているのは、走る以外に坂内を疲れさせるものがあったのだろう。思わず私は苦笑する。
「ん、これ……」
 坂内が差し出したのは、店名ロゴの入った小さな紙袋。封筒ほどの大きさ。
「ありがとう。開けていい?」
「勝手に開ければいいじゃん」
 無愛想に答える坂内だけど、頬はまだまだ赤い。そらされた目が照れを伝えてくる。
 紙袋を破らないようにセロテープをはがし、ゆっくりと中の物を取り出す。
「ハンカチ?」
「塩崎がいいって言ってたの思い出してさ。見てわかんねぇ?」
 不機嫌そうな坂内の声音。照れ隠しであることは、口調に反する優しい表情でわかる。
「見てわかるけど、聞いてみただけじゃない。あ、二枚あるんだ」
 ねだったのは自分なのに、いざ受け取ってみると、そして坂内の前で開けてしまうと、どういう言葉を言っていいものかわからない。
 嬉しい気持ちは確かにあるし、踊りだしたいほどの気持ちもあるのに、うまく言葉に表せない。気のきいた言葉が出てこない。
「それでよかった?」
「よかったも何も……」
 確認してくる坂内に、呆れながら口をつぐむ。
 坂内が選んだものなら何だって嬉しいのに。
 そんな乙女心がわかる坂内ではない。私は体験含めてよくよく知っている。
 ハンカチを紙袋に戻し、セロテープも元通りにつけ、私はバッグへと入れる。
「ありがとう。本当に嬉しい」
 今、一番伝えたい気持ちだけが笑顔と共にこぼれ出る。
 私の笑顔がうまく作用したのか、坂内が短い髪をいじりながら、
「まあ、俺は喜んでくれればひと安心だな。誕生日おめでとう、河原さん。……って早いか」
 無邪気な笑顔を見せてくれた。
「塩崎くんにもお礼言っとかないと」
 そう言ったとたん、坂内が慌ててうろたえだす。
「えっ? いや、塩崎に礼なんて言わなくてもいいんじゃねっかなぁ」
「お金出してもらってるわけでしょ? 坂内が選んだとしても塩崎くんからのプレゼントでもあるわけだし、お礼言わないといけないわよ」
 坂内は、掌をガシガシとズボンにこすりつけている。いまいち納得できないような表情を浮かべながら。
 うろたえぶりや行動がおかしいのは、私から見ても一目瞭然。
「塩崎くんに言ったらまずいことでもあるの?」
 瞬時に坂内が直立不動になる。
「いや、全然ありませんっ」
 坂内が何か隠しているのはわかったけど、あまりにおかしい動きだったので、私は吹き出してしまった。
「もう、すっごく変なんだけど、坂内」
 ごまかすように坂内が歩き出す。
「さあ、帰るぞ、河原さん」
「ゲーセンは?」
「すんません。お金ありません」
「しょうがない。帰ろうか」
 情けない口調で言った坂内に、私も笑いながら続いた。


 翌日。
 私は学校へ来た塩崎くんへ、早速お礼を言いに行く。
「おはよう、塩崎くん」
 かばんを机にかけた塩崎くんは、笑顔で挨拶を返してくれる。
「昨日はお疲れ様。坂内と出かけたんだって?」
「塩崎くん、なんで坂内と出かけたら『お疲れ様』なのよ」
 きょとんとした塩崎くんの目。
「え、坂内はあの調子だし、河原さん色々と苦労したかな、と思ってさ。鈍感なことやらかした、とか」
 塩崎くんに悪気がないのはわかっているけど、あまりの言われっぷりについつい睨みをきかせてしまう。
「可愛い服着てた私に対して、可愛いか全然わかんないって言われたし、ミュール履いてた私を置いて走られたりしたけど、ちゃんと楽しかったんだからね」
 子供の話を聞く父親のように、塩崎くんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「よかったね、河原さん。で、朝から俺に用事? まさか、のろけて終わりってことないよね?」
「ノ、ノロケじゃないでしょ、塩崎くん。私は誕生日プレゼントの……」
 私の続きを遮るように、塩崎くんが信じられない言葉を口にする。
「あ、誕生日だったんだ、河原さん。俺、全然知らなかった。今日? もうすぐ?」
 開いた口がふさがらないとはこのことだ。
「あれ? 塩崎くん、私がもうすぐ誕生日なの知らなかった? ……誕生日知らないのに、プレゼント用のお金を出す、なんてできない、よね?」
 確認するように言葉を切りながら質問して、塩崎くんの返事を待つ。
 もちろん、といたって普通に塩崎くんは答える。
「河原さん、昨日何があったの? 俺がからむはずだった話って何?」
 私は昨日の坂内の行動と言動を覚えている限り、塩崎くんに説明した。
 聞き終えた塩崎くんが嬉しそうにうなずく。何かを思い出して含み笑いまでもらしている。
「素直じゃないな、坂内も。俺の名前を出すんなら、打ち合わせしてくれりゃよかったのに」
 なおもクスクスと笑う塩崎くんに、ただただ疑問符ばかりを浮かべる私。
「塩崎くん、結局はどういうこと?」
「河原さんも鈍いんだね。油断して攻撃してばかりいたから、突然の相手の攻撃にうろたえてる、そんな感じかな」
「私が鈍いのは認めるから、わかってるなら教えてよ、塩崎くん」
 つまり、と話し始めた塩崎くんは、推理を披露する名探偵のようだ。
「坂内は最初から河原さんの誕生日を知っていたってこと。プレゼント買ってあげることを決めたのも、もちろん坂内。俺は河原さんの誕生日については一切知らなかったわけだからね」
 ちなみに私は、推理の素晴らしさに感嘆する被害者。
「どうして坂内はハンカチを選んだと思う?」
 そこで塩崎くんは肩をすくめて、とある一点を目で指した。
「さあ? それは本人に聞いてみたら?」
 塩崎くんの視線の先には、教室に入ってきた犯人、坂内の姿があった。話している私たちを見て、あからさまに嫌そうな顔を浮かべる。
 目をそらしながら自席へ向かう坂内を、私たちの目が淡々と追う。
「うん、本人に聞いてみる」
「そうするのが一番だね」
 なおも笑顔の塩崎くんに最後の質問をする。
「塩崎くん、どうしてさっきから笑ってるの?」
「え、嬉しいから。坂内をふったことになるんだろうけど、やっぱり俺にとってはふった相手以前に友達なんだ。友達が河原さんとの恋に踏み出しているとわかれば、応援せずにはいられない。河原さんのことも応援してるから、俺」
 私はますます首をかしげる。
 なかなか来ない私に、坂内が安堵の表情を浮かべているのはわかっているけど、それでも塩崎くんの考えを先に聞いておきたかった。
「坂内は私との恋に踏み出してるの? 全然、態度とか変わらないんだけど……」
「いや、どこがどうって説明することはできないけど、俺なりに見ていてそう思っただけ。付き合いは長いからなんとなくわかるとこはあるんだよ」
「坂内の気持ちはわからなかったのに?」
 名探偵ぶりを発揮していた塩崎くんが、両手を小さくあげて降参の意を示した。
「それは……勘弁してください」
「次は坂内の追及っと」
 私は油断している坂内の元へと向かう。
「おはよう。これ、使ってるからね」
 制服のポケットからハンカチを取り出して、坂内に見せ、また戻す。
「どうも。……いろいろと聞きに来たんだろ?」
 諦め顔の坂内に、私はやさしく微笑みかける。
「聞いていいの? すっごく嫌そうなんだけど」
「聞くならさっさと聞けよ。何も言われねぇほうが嫌なんだ」
 坂内の潔さに感服しつつ、私は一気に質問へと入る。
「私の誕生日知ってたのよね? プレゼントに塩崎くんも加えたのはどうして? そういう嘘をつく必要性がわからないの」
 机に頬杖ついて、指で自分の頬を叩きながら坂内は、
「誕生日を知ったのはいつだったか忘れた。二人で出かけるついでに、なんとなくあげようかなって思ったけど、俺からってのも恥ずかしかったんだよな。塩崎の名前を出してみたけど、やっぱバカだ、俺。バレたらだせぇな……」
 苦笑いを浮かべる坂内に、さらなる追及を続ける。
「あげようかなってどうして思ったの? 普通は誕生日知ってもプレゼントあげようかなんて思わないじゃない?」
 今度は、頬杖ついていないほうの坂内の指が、机を小さく叩き始める。
 指の動きが止まった時、考えもまとまったのか坂内が口を開いた。
「誕生日プレゼントってもらったら嬉しいだろ? 河原さんも喜んでたしさ。だから、そんな感じで」
 確かに私は喜んでいたし、追及している今も答えが明かされていくことに嬉しさを感じている。
 ただ、その喜びの根底にどんな気持ちがあるのか、坂内はたぶん知らない。
「ね、私がどうして喜んでたかわかる?」
「誕生日プレゼントもらったから」
「それもあるけど、違う」
「ハンカチが欲しかったから」
「……違う」
「買ったのがあそこの店だったから」
「違うわよ。……ちょっと、自惚れてみて」
 頬杖つきながらしばらく思案していた坂内の顔が、いきなり急激に赤くなった。
 赤面する答えにいきついたらしい、ようやく。
 それでも答えが外れているような気がするのは、相手が坂内だからだろうか。
 だけど、私は答えが聞きたい。
「答えは?」
「お、俺が……」
 坂内が今度は両手で顔を覆う。よほど恥ずかしいらしい。指の隙間からぼそりと呟いた。
「俺が……か、かっこよかったから」
 言ったとたん、何言わせるんだ、などと小さい声で悪態つきはじめる坂内。
 見たことない赤面ぶりで、私は笑ってしまう。視界の隅では様子を見ていたらしい塩崎くんが肩を震わせている。
「言ってて恥ずかしくない?」
「河原さんが自惚れろって言うから……。恥ずかしいに決まってんだろ」
 照れる坂内へ追い討ちをかける私の言葉。
「実は半分正解だったりして」
 真っ赤な顔を惜しげもなく晒して、坂内が私の言葉に驚いて顔を上げる。
「マジで?」
 赤いくせに坂内の顔はものすごく真剣。
「あ、嬉しいの?」
「あれ以上どう自惚れろっつうんだ? もう、降参する」
 顔を伏せる坂内。両腕におさまりきらない耳は、気の毒なほど真っ赤になっている。
「私は坂内のことを……な気持ちなんだから、考えればわかるでしょ?」
 会話の中でさりげなく『好き』と言えるほど、私の羞恥は怖いもの知らずではない。
「降参なんだからわかんねぇって。んで?」
 顔を伏せているから、坂内の声がくぐもっている。
 ここまできたら、正解を自分の口から言わなければいけない。
 坂内の口から聞けるとは思っていなかったけど、自分の口から正解を答えなければいけないことまでは考えていなかった。
「し、知らないわよっ」
 伏せている坂内の後頭部を手で軽く叩いて、私も顔が赤くなる前に席に戻る。
 ゆっくりと坂内を見れば、ピンクへと変わり始めた顔を上げて、彼は後頭部をさすっていた。その表情は、叩かれる理不尽さに、微かに拗ねているようにも見える。
 私はポケットからハンカチを取り出して、じーっと机の上で眺めた。
 ゆるむ口元を抑えながら。


◇終◇
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